影の残影 / Shadow of the Shadow
京都芸術センター|京都府
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権力の侵食
日月水木金土日美術館連続訪問の最終日。
京都芸術センターは2回目なので意気揚々と入口から真っ直ぐギャラリー南に向かった。
中央に白いステージ。ステージの上にはタブレットが置かれたベッドとPCが置かれた机と椅子、スリッパ、アクリルの碁盤、映像が流れる画面。途方に暮れた。京都芸術センターはいつも私を途方に暮れさせる。
どれから鑑賞したらいいのか混乱。映像が2つも流れているのでどっちから見たらいいのかわからない。PCじゃない方の映像は音声付きだが、途中からなので理解できない。が、見ているうちに京都の話だとわかってくる。学会発表風の語りで興味が湧いたので、これから見てみることにした。
日下部浮「21310403_presentation-onthequantitativeground」。2131年、現実の京都の街がGoogleマップのような地図情報に変換されていくというSFみたいな作品。私たちは出かける際Googleマップ越しに世界を見ているわけだが、マップ上を滑るイメージのように、人間も地図情報と化した世界に順応してスライドしながら移動するように身体運用が変化した、と指摘されていて可笑しかったけど笑い事ではないのかもしれない(紙の本を読んでいるとき、ここいいなと思った箇所をスクショするつもりで本の端をしきりにひっかいたことがある)。社会、文化、技術の変化によって身体運用が変化したことは、古代から現代にかけて無数にある。デジタルデバイスによって我々の身体運用、思考、価値観がどのように変化するのか、いや、現在進行形でどのように変化しているのか。便利さを謳った権力は我々の内部にいとも簡単に侵食し、我々を知らず知らずのうちに変化させていく。それは善きことなのか悪しきことなのか、それはいったいどうやって判断されるのか。
そして土地の情報化。平安時代にも歌枕というものがあって実際には訪れていなかったとしても、ある土地のイメージを共有し、そこを和歌に詠み込んでいた。現代は平安時代と比べるとはるかに短時間でどこへでも行くことが可能であるが土地に対する情報は溢れていて、その土地へ赴くのはその情報を追体験することに過ぎなくなってしまう。現実世界が地図情報になるという一見荒唐無稽な世界観も、実は既に現実に起こっていることなのかもしれない。この現代に実際にその土地を訪問することの意味とは何か。
スリッパを履くとステージの上に上がることができる。ベッドの上のタブレットはTim Knapenの「infinite」という作品。ベッドに座っていいかわからなかったのでしゃがんだまましばらく遊んだがよくわからなかった。
ギャラリー北。暗い部屋の中、正面と背後の2つのスクリーンで同時に映像が流れる。Joanna Lyu「Blinder」。ある事件に関して、尋問する側とされる側のセリフが文字で交互に表示される。尋問される側は、自身が事件に関与したことを認める発言をしているのだが、尋問する側はあくまで決められた質問で尋問していく。固定化した質問によって主導権を握ろうとする尋問と、相手に合わせながら発言を変えていく私たちの普段のコミュニケーションとの違和を感じた。
追記
Tim Knapen氏の「infinite」は、下記URLからスマホでも遊べる。
https://timknapen.be/infinite/
ランダムに描画された無意味図形が何に見えるかを、人間が解釈してイラストに描き直す作品。他の人が図形をどのように解釈したのかも見れるようになってて面白い。
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