佐野ぬい:まだ見ぬ「青」を求めて
青森県立美術館|青森県
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青の森 @青森県美
弘前出身の佐野ぬい氏の大回顧展。2年前に90歳で没する直前まで「ぬいブルー」という青の表現を探求された方。ということで、100点近くの青い絵がずらりと並ぶ空間。文字通り、青の森が、青森県美に広がっている。
冒頭は、若かりし頃の白黒写真と、2枚の肖像画。お美しい方だ。そして、まずひと通り展覧会場をねり歩くのだが、空間をうめつくす青に視覚が支配され、個別の作品になかなか目が向かわない。これはやや困ったものだ。
そして、2巡目。今度は、様々な色味・明るさ・鮮やかさの青が、丁寧に塗り重ねたり引っ掻いたりと筆致の表情も多彩に、語り掛けてくる。喜怒哀楽、希望も不安も、晴れやかさも憂鬱も、高貴さも卑俗さも。青には実に幅広い表情があることに気づかされる。多弁かつ器用で、奥深い。
近現代作家の回顧展、特に女性作家の場合は、ライフイベントと作風変化を照らして思いを寄せるのが面白い。
佐野ぬい氏の場合、30歳頃に、彩度高い青の色面が訴求する、表現意欲に溢れる作画が台頭する。シンプル、シャープで、迷いがない。これは丁度、2人のご子息に恵まれた時期に当たっている。なるほど、と妙に納得する。
展示構成の中盤、天井高く広々としたC展示室は圧巻だ。ジャズやオペラといった音楽の絵画表現をテーマにした60歳代の大作が、威風堂々と大壁に掲げられる。
ある壁面には「ブルーノートの〇〇」と題した三作。小さめの色面の繰り為すリズム感は、ジャズセッションの調和と緊張さながらである。パウル・クレーが連想される。
また別の壁面を飾る2mx2.5mの大画面二作は、オペラが題材だろう。原色の面・線が複雑に絡み合う様は、オーケストラとコーラスをつきぬけるアリアの情景に見えてくる。モーツァルトではなく、プッチーニの連想だ。
この展示室は実に劇場的な視覚なのだが、それには当館展示の仕掛けがあった。長方形のキャンバスの形状通りに、四角くスポットライトが照らされている。この照明方法はあまり馴染みがなく新鮮であり、キュレーションの心意気を感じる。
部屋の中央には、画材の展示もあり。パレットと並んで、青の油絵具を混ぜている四角い缶箱をみつけた。これはヨックモックの缶箱かな、やっぱり青にはコレよ、と小さな発見に嬉しくなる。
“まだ見ぬ「青」を求めて” と題した最後の展示室は、晩年90歳頃の作品群。静かなエネルギー、抑制されたセンチメンタリズムが滲み出る作品を前にすると、観者の私の呼吸もゆっくりと深くなる。
同サイズの《モノローグ》《青い時間》の二作が並ぶと、そこは差し色の無い純粋に青だけの色使いに、佐野ぬい氏の原点回帰趣向が想起される。
最後の大作《セルリアンブルーの街》は、作家自身の人生の回顧のようで印象的だ。画面上のフォルムは、街でもあり、ヒトにも見えてくる。少しだけ右下がりに傾いた中央の正方形の青はご本人かな。左側はひっかき傷で荒れているが、右側はゆったり平滑で豊か、このコントラスト。この正方形の右下には青・白に塗り分けた小さめの正方形、これはお二人のご子息と母の絆のように見えてくる。
女子美大の学長まで勤めあげられた地元出身の作家を採り上げ、作品を数多く収蔵し、没後2年の時期に立派な大回顧展開催でリスペクトする。棟方志功の没後50周年展も同時開催である。県立美術館のあり方の正道を見た、清々しい余韻の展覧会であった。
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