ヒルマ・アフ・クリント展
東京国立近代美術館|東京都
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21世紀に美術界に突如して現れた異端のアーティスト
ヒルマ・アフ・クリントは、自らの絵を広めようと試みたがうまくいかなかった。
積極的に活動したシュタイナーの人智学協会でさえ彼女の作品にあまり関心を示さなかった。
ヒルマ・アフ・クリントが生まれ、活動した
19世紀から20世紀初頭は、白人、男性、科学全盛、アメリカとイギリス、フランス、ドイツなど一部の力のある西ヨーロッパの時代だった。
女性で、スウェーデン出身で、スピリチュアリズムを根っこに持つヒルマ・アフ・クリントは、完全なマイノリティだった。
19世紀のオランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホや20世紀のアメリカの画家ヘンリー・ダーガーなど同様に、ヒルマ・アフ・クリントは、生前はほとんど正当な評価をされなかった。
評価がいかにいい加減なものかわかるはずだ。
81歳で1944年に亡くなった時、残したものは、お金がわずか292クローネ(日本円で5,000円くらいか?)、作品1300ほど、ノート124冊。
生涯独身だった彼女は、全てを甥に託す。
「死んでから20年間は、絵を公表するな」と甥に言い残して。
ヒルマ・アフ・クリントは、自分の作品は未来の人に必ず評価されるという確信があった。
しかし、20年ではまったく足りなかったのだが。
ヒルマ・アフ・クリントの作品は、2010年代以降突然、美術界で評判となる。
女性、小国、スピリチュアリズムなどという色眼鏡が取り払われたからだ。
時代がヒルマ・アフ・クリントにやっと追いついたのだ。
彼女の代表作にして、最高傑作といえる「10の最大物」は、1907年に制作された。
以下のような神の啓示を受けたという。
「人生の4段階を楽園のように美しい10枚の絵画を完成させよ」。
この大きな10枚の絵を観るだけでも十分な価値がある。
ヒルマ・アフ・クリントの作品をきっかけにして、神秘思想やスピリチュアルや彼女が傾倒した世界的な神秘主義者でゲーテの研究家であったシュタイナーの理解が日本でも進むことを強く望む。
死の直前にノートに最後に書き留められた言葉が以下にある。
「あなたには神秘的な任務が待ち受けている。
自分が何を求められているのか、 すぐに十分理解できるだろう"You have a mystery service ahead, and will soon enough realize what is expected of you."」
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