「私はマルセル・デュシャンより、スティーグリッツこそ天才的な芸術家であり、優秀な事務員だと思っています。」

ジム「デュシャンは途中で絵を描くこともやめて、その後何も発表しないで
長年、大作に取り組んでいたんですが 別に大した金持ちでもありません。」
「ブランクーシの彫刻の画商をやってたんです。」
坂口「デュシャンが?」
ジム「網膜的絵画作品を否定しつつ、他の人のいい作品を金にして、自分は謎めいた人物を演出していたのかもしれませんね。」
ジム「将来の夢とか、マジでどうでもいいの分かります?」
坂口「将来の夢だけ見てちゃね。《将来の夢》の前に、《将来の現実》があるんだから、」
ジム「恭平もこれからは作家になりたいなんて口走るのではなく、毎朝5時に起きて、9時まで原稿を書き続けたいと、言えばいんです。」
「作家になるって、そういうことです。本を書いてお金を稼ぐことじゃありません。」
ジム「人は上手くいかなくなると、すぐ才能がないとか、自分はどうしようもないと悩みます。」
「皆さん、自分を否定することが好きですよね。でも、その「自己否定」という《やり方》は間違っています。」
「みんな「自己肯定感」なんて言葉に踊らされていますが、自己肯定もおかしな《やり方》です。
「肯定するってことは、間違っていると分かっているのに、それでもいいやって肯定する《やり方》です。」
ジム「否定すべきは《己》ではなく、己が選んだ《方法》のみである。」
坂口「それだと自分を変えずに、《やり方・方法》だけを変えれば、いいってことだもんね。」
ジム「自分の道を見つけるには、まず先人の道を見つけないといけません。そうしないと先人と同じ道を歩いているのに、これは自分の道だ、オリジナルだ、なんて調子こいたことを言い出しますからね。」
ジム「スティーグリッツは金持ちの子供で、幼い頃から芸術に触れていました。」
「カメラと出会い写真家に転向し、金があるので自分で雑誌を作って写真家や芸術家を紹介するんです。
さらにニューヨーク市の5番街291番地でギャラリーを始め、そこでセザンヌ、ピカソ、マティスなどアメリカでまだ知られていなかった芸術家を展示します。」
「デュシャンはその噂を聞きつけ、スティーグリッツに会いに行き、便器を「291ギャラリー」に展示するわけです。」
「で、作品よりもスティーグリッツの写真作品だけが一人歩きし、そこから現代美術が始まったなんて今では言われているんです。」
「私はマルセル・デュシャンより、スティーグリッツこそ天才的な芸術家であり、優秀な事務員だと思っています。」
坂口恭平=原作、道草晴子=漫画「生きのびるための事務」より
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