松田行正「アート&デザイン表現史1800s - 2000s」より

フラット
「開国した日本が、流入してきた西洋文化から受けたショックで、浮世絵を含めたかつての日本文化全体の価値をないがしろにしたこと。そのため日本の美術作品が、ヨーロッパに安価に流れていったことがあった。」
「西洋的遠近法の影響を受けていない輪郭線の表現。輪郭線のなかに塗られる色は、濃淡のないフラットなソリッド・カラー(ベタ色)。これは桃山時代に完成した金碧画が発展したもの。」
「図と地がともに目立つ。ここからベタ色、あるいは白地は日本美術の重要な技法となった。」
図地反転
「モリスが目指した壁紙の芸術化は、結局高価となり、価格も含めて「芸術的」となったが、壁紙という「地」と「図」にした功績は大きい。」
「ジャクソン・ポロックのドリッピングによる作品は、モリスとは逆に、高尚な壁紙だ、と酷評された。『ヴォーグ』誌に掲載された、ポロック作品の前でポーズをとるモデルの写真を見たとき、ポロック自身にも壁紙のように見えてショックを受け、自分の作品は隅々まで計算している、と反論せざるをえなかった。」
無装飾
「ゴドウィンも「日本のシンプル美」に感化され、1877年に友人の画家ジェームズ・ホイッスラーの依頼で、かれの自邸を設計した。日本の影響で白くて装飾がまったくないところから「ホワイトハウス」と呼ばれた。当時のロンドンでは装飾のない家は建てられないきまりだったが強行したのだった。20世紀のバウハウスなどによる「シンプルな白」の最も早い表現となった。」
パフォーマンス
「マリネッティは、未来派のプロパガンダのためのアジテーターとして、劇場を借り切り、詩の朗読を中心とした会を催すことに決めた。」
「その未来派の会は、かなり演劇的だった。朗読の効果を高めるために、オノマトペ(擬音)として、電話やハンマー、ヴァイオリン、トランペット、太鼓、のこぎり、鈴などを鳴らし、フォーリー・サウンド(効果音)とした。まさに史上初のアート・パフォーマンスである。」
「未来派のパフォーマンスは、その後ダダイスト、シュールレアリストに受け継がれた。」
「ダダのパフォーマンスは、1960年代のグループ「フルクサス」や、元フルクサスのヨーゼフ・ボイスらに引き継がれる。」
表現の暗闇
「一部の印象派は鮮やかでないから黒は色でないと嫌った。マレーヴィチは逆に黒こそあらゆる色を内包している、と捉えた。三原色を重ねると黒になるからだ。」
「マレーヴィチは、19世紀末から流行していたスピリチュアリズム運動(ヘレナ・ブラヴァッキーの神智学)に浸っていて、芸術には宇宙との往還が必要だ、と考えていた。その思想を反映したのがこの〈黒い四角形〉である。
「この究極の「絶対」作品〈黒い四角形〉を描いてしまったあとでは、円や四角形などの図形をいくら描いても、単なるコンポジションの習作にしかならない。」
乗っ取り
「1911年に〈モナ・リザ〉がルーブル美術館から盗まれ、2年後にフィレンツェで無傷のまま発見された。メディアはルーブルにもどった〈モナ・リザ〉を大々的に取り上げ、〈モナ・リザ〉+レオナルド・ブームがパリで起きた。それまでのレオナルドは知る人ぞ知るくらいのマイナーな存在だったのだ。」
自同律
「シュールレアリスムの重要な発想法に「違和感の導入」がある。
その「違和感」の原点はといえば、おそらく、第一次世界大戦の惨禍に行き着く。人類がそれまで経験したこともないほどの大虐殺が行われたからだ。つまり、「ありえない風景・状況」が突然あらわれ、日常を破壊するさまを目の当たりにしたのだった。」
チャンス・オペレーション
「しかし、インパクトのあるのは初演だけ。再演での聴衆はあらかじめ演奏のないことがわかっているので、予定調和の演奏会になる。指揮者やオーケストラの団員たちがどのようにこの4分33秒をやりすごすか、に興味が集中するだろう。でも、ざわついたノイズを得たい、といっても、コンサート開始前はいつもそんな感じではないだろうか。」
松田行正「アート&デザイン表現史1800s - 2000s」より
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