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美術なんて到底まともな職業とは呼べない時代でした。

インタビュー…ローゼンクイストより

「その頃私が親しくつき合っていた年上の画家には、デ・クーニング、バーネット・ニューマン、フランツ・クラインなどがいます。40代か50そこそこだったと思います。外の世界ではともかく、仲間うちでは彼らは大変な評価を得ていたのです。ところが、確かデ・クーニングだったと思うのですが、その彼が、なんとその頃未だに自分の母親から週25ドルの仕送りを受けていた。美術なんて到底まともな職業とは呼べない時代でした。」

吉原から誕生した美人画家「谷角日娑春の一生」田中日佐夫

京都国立近代美術館常設展や図録では見たことがあったが、どこかで見ることができないかと検索した。いま展覧会をやっている。

ちょっと行けそうにない。京都大阪に住んでいたことがあるが、そのあたりからでも遠い。

芸術新潮1988年12月号「天下のにせもの実態調査・近代日本画」より




プロフィール

松山賢
岩手県御所野遺跡近くで生まれる。
湯舟沢遺跡すぐ横で育つ。
横浜市三殿台遺跡そばに在住。
京都で日本画制作を経て、
土器、人形、彫刻をつくりはじめる。
最近は油彩画、野焼きの陶彫を制作、発表している。
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