原勝四郎展 南海の光を描く
和歌山県立近代美術館|和歌山県
開催期間: ~
- VIEW795
- THANKS1
東京美術学校に二回入学し二回中退した男
さらに二回目の中退後、船を買って漁師になり、それも長続きせずようやく画業に専念して一生終えたという人。
それが原勝四郎だ。はるばる和歌山まで行って見た原勝四郎展、全く知らない画家だったが会場の略歴で知った。
そんな経歴により、描いた絵もさぞかし荒んでたり病んでたりの画風かというと決してそんなことはない。
おおらかでのびのびとした早描きの油絵といった感じで、何より色がいい。やはり藝大に二回も合格しただけのことはあると思ってしまう。
2023秋の関西遠征で、行こうかどうしようかさんざん迷ったのが、和歌山県立近代美術館で開催中の原勝四郎展だった。
この春も、興味深い企画展をやってて行きたかったが結局やめた経緯がある。
ヨシ!決めた。行ってやると決意し大阪環状線を新今宮で乗り換えて南海特急サザンに乗り込んだ。
片道1時間で和歌山市駅に到着、そこから路線バスに乗り県庁前バス停下車すると、美術館はすぐだ。
徳川吉宗の銅像があったりして、ああ紀州に来たんだなあと思う。
美術館はデカくて立派。黒川紀章設計だそうで、エントランス前には彼の有名な作品で昨年撤去された《中銀タワーカプセル》の1ブロックが置かれている。
中を覗いて見たら、今でも斬新な未来型居住空間だ。住んでみたい。
そして企画展会場へ。今回の勝四郎展は田辺市立美術館との共同開催で、半世紀ぶりの大回顧展とのこと。
勝四郎は田辺市出身で、両館にはその作品が多数所蔵されているわけだ。展示は時系列で初期から晩年まで、"All About 原勝四郎" である。
初期作品は高尾山を多く描いている。高尾山といっても東京のじゃなくて田辺市の北北東に位置する山。
田辺市のシンボリックな山なのだろうか、原にとってのサン・ヴィクトワール山なのかもしれない。実際ちょこっとセザンヌの匂いもある。
絵の特徴は太い輪郭線で、人物画、静物画も同様な画風。前記したようにおおらかなタッチの油絵でデッサンや色使いに迷いがないというか描き始めたら完成までは一気呵成だったと思う。
自画像の《画工像》はそんな自信に満ち溢れた表情だ。
原が取り上げたモチーフでは、やはり南紀の海にとどめを刺す。
大海原じゃなくて地元の港や海岸を描いているのだが、漁船や家屋や岸壁を配した海と空が美しい。
海はうねるような濃青、晴れ渡った空は透明感のある淡青。いずれも好きな色だ。太平洋には青空が似合うね。
書くのが前後してしまったが、原は明治19年に田辺に生まれ、田辺中卒業後上京し東京美術学校に入学するも中退。
その後白馬会で学んだ後渡仏、北アフリカやイタリアを転々として帰国。東京美術学校に再入学するもまたまた中退し帰郷、白浜に家族と住む。
その後実家の商売廃業に伴い遺産金が入り、それで漁船を買い漁師となる。しかしそれは3年程度で挫折し、画業に専念し白浜で生涯を終えた。
ざっとこんなとこだが、これは会場にあった年譜の記憶によるものなので正確な年や出来事の前後に間違いがあるかもしれない。
ただ、印象に残ってたのは、東京美術学校に2回も入学し2回とも中退していること。何が理由かも年譜に書いてあったはずだが忘れてしまった。
とにかく、原勝四郎が腰を据えて絵描きに専念するのは白浜で漁師をやめてから後だということ。
その間、戦争も経て戦後は家族を描くことが多くなっている。家族とは妻と娘である。特に海辺でのお嬢さんを何枚も描いており父親目線の愛情が伝わってくる。
そしてそのバックには、やっぱり海の青と空の青がある。
誰しも生まれ育った故郷への思いはあるはずだが、芸術家となってからもそこに居続ける、あるいは離れた後に戻って来るという例は少ないのではなかろうか。
その意味で原勝四郎は紛れもない紀南の画家であり、和歌山県民から愛されリスペクトされ続けるに違いない。
出展作品は県美所蔵品と田辺市美所蔵品が主体だが、中之島美術館から来た優品も目立った。
会期は12月3日まで。同時開催の「原勝四郎と同時代の画家たち」も素晴らしいのでお見逃しなく。
- THANKS!をクリックしたユーザー
- さいさん