インド細密画
府中市美術館|東京都
開催期間: ~
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愛と音楽のインド細密画
閉幕間際に駆け込みで鑑賞してきました。
「インド細密画」は、東京国立博物館の東洋館にも小さいコーナーがあって常設展示されているので、首都圏の美術好きにとっては、ちょっとは馴染みのあるジャンルと言えるかもしれないです。ただあそこもそれほど解説が充実しているわけでもないので、「ちっさ!細か!すご!」という印象以上のことを知らない人がほとんどではないでしょうか。
インド細密画は、16世紀後半~19世紀半ばに描かれた絵画で、ほぼムガル帝国の統治期と重なるそうです。インド細密画は大きく2系統に別れていて、イスラム教を信奉するムガル帝国で描かれたものを「ムガル絵画」、同時代のヒンドゥー諸国で描かれたものを「ラージプト絵画」呼ぶそうです。この展覧会では主に「ラージプト絵画」が展示されています。「ムガル絵画」も数点紹介されており、両者の比較なども行われています。
インド細密画の特徴(画題やモチーフ、描かれ方など)を踏まえて、当時のインド文化や精神世界を丁寧に説明しているところがこの展覧会の特徴です。詳しくは展覧会の特設ページを見ていただいたほうが良いのですが、たとえばヒンドゥーの主な神々の相関図や、『ラーマーヤナ』のあらすじを説明したパネルなども用意されていてかなり親切でした。たとえば、西洋絵画の展覧会でギリシャ神話や聖書の一節が説明されたキャプションを読んで「へー!なるほど!わかったようでわからん!」となってその日のうちに忘れてしまうことがしばしばあると思うのですけど、本展覧会ではインドの神話や古典についてすこしは全体像を解ったきぶんで絵を鑑賞することができます。
改めてですけど、とにかくどれもこれも作品がちっさい!(割愛しますがこれも文化的背景があります)。ですので、1点1点を鑑賞するのに列に並ぶ必要があったりして忍耐が必要ですが、各コーナーで手を変え品を変え「みかた」「楽しみかた」を提示してくれる構成になっているので、飽きずに鑑賞をつづけることができます。ひととおり見終えたあと、修得したさまざまな「みかた」で、別のコーナーのお気に入り作品を改めて見返しても良いと思います。
ここからは個人的な印象ですが、絵の印象は全体として、近代フランスで素朴主義(ナイーブ・アート)とかプリミティヴィズムとか呼ばれた画家の作品に近いものがあるかなと思いました。風景画での大胆なモチーフの配置と色面構成、ちょっとぎこちないけれど情感豊かなしぐさ、何より全体に満ちるユーモラスな雰囲気はアンリ・ルソーに通じるものがあります。おおきな目、楽しげに笑う口元、どっしりした体にほそい脚、優雅に立ち時に天駆ける動物たちの造形は、シャガールのそれに似ているように思えました。
ナイーブ・アートやプリミティズムはその後の時代のファッションプレートや絵本などにもおおきな影響をあたえましたが、それらの持つデザインの気持ちよさ、あたたかさなどが、ぎゅっと凝縮されている感じ、とも言えるかもしれません。インドにおいて絵画は「音楽を描き、愛をあらわし、それらと個人的に向き合う」ためものであったそうなので、なにかそこに時代や国を超えていくものがあるのかもしれません。
それと、これはコレクターの畠中さんによるものだと思うのですが額縁の多くには華やかなインド更紗があしらわれていて、こちらも隠れた見どころかと思います。図録には額は掲載されていませんので、背景の更紗と絵のハーモニーを楽しむことができるのは会場だけです。
そのほか、美術館は展覧会のそともインドづくしで、ショップには一点一点が手づくりなことで有名なタラ・ブックスの絵本を始めとして、インドに関する本が所狭しと並べられていますし、併設のレストランではインドカレー風のスペシャルミールやチャイが提供されてたりします。
見逃してしまった方も、美術館にお立ち寄りの際に図録だけでも買ってみてはいかがでしょうか。表紙は箔押し風の布地ハードカバー装丁で、小ぶりの絵本のようなしあがりになっています。上で書いた会場パネルも一通り掲載されていて、ムガル帝国時代の近世インド文化を知るにはもってこいの一冊です。