
サムライのおしゃれ ―印籠・刀装具・風俗画―
静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)|東京都
開催期間: ~
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移転後の中で最高の、とても見ごたえのある素晴らしい展覧会
本展には江戸の武士が登城するときに身につけた礼装の拵なども展示されています。武士の登城時の服装は、かなり厳密に決められていたとか…。そんな中で彼らは細部に、さりげなく、それでいてかなり熱を入れてこだわってしていた自己主張やおしゃれの様子を、本展では垣間見る、ということらしいです。それって‥、制服で、スカートの長さからソックスの色や長さに、髪留めやゴムの色まで指定された高校生たちの、見えなそうで実は見える小物のおしゃれに、一生懸命になるのと、同じですよね。もちろんおしゃれには、今も昔も元手も必要です。本展で展示されている目を見張るような超絶技巧は、とうてい並みのサムライさんの「おしゃれ」ではないとのだと、思いつつ、貴重な機会、単眼鏡を覗き乍ら一つ一つゆっくり丁寧に拝見させて頂きました。
最近あちこちで単眼鏡の貸し出しサービスを見かけるようになりました。今回の会場でそれがあったのかどうか、確認を忘れました。HPにはそういった情報はありませんでした。今回のような内容の展覧会では、特に必需品ですね。単眼鏡をお持ちではない方は、一応少し大き目の虫メガネでも、持って行かれると良いのではと思います。
平日午後でしたが、移転後最初の展覧会ほどではないものの、なかなかに混雑していました。今回も主に男女比3/7位でほぼ中高年の方々です。お若い方はとても少なかったです。「サムライのおしゃれ」は海外でとても評価されているのだとか。今回、外国人の観覧者さんも何人かは見えましたが、やはりトーハク総合文化展などの観覧者は8割が外国の方、なんてことを思うと、三菱さんのコマーシャル力やチケットの価格、の問題なのではと、思ってしまいます。
今回の展覧会、私にはとても嬉しい展覧会です。印籠・根付といった提げもの類、また最近流行りの刀剣そのものは今一なのですが、それにかかわる刀装具小物たちはめちゃくちゃ好きです。類似した展覧会で記憶に新しいのは、永青文庫さんでつい先日「揃い踏み 細川の名刀たち―永青文庫の国宝登場」と昨年「永青文庫漆芸コレクション かがやきの名品」を観させて頂きました。細川家の永青文庫さんでは、武家の刀剣や漆芸名品の展覧会は結構多く、2020「大名細川家のステイホーム-永青文庫の漆芸コレクション」・2019「大名調度を彩るデザインの世界」も、とても良かったです。トーハクは(総合文化展)でも日頃から刀剣・印籠・根付の類の名品に出会うことが出来ますが、2010「細川家の至宝-珠玉の永青文庫コレクション」を特別展としても観ました。永青さんの以外でもとても本展に近い内容の印象的だった展覧会は、まず東京富士美術館さんの2019「五箇伝の名刀から名家伝世の印籠まで サムライ・ダンディズム 刀と印籠―武士のこだわり」、これはかなりのボリュームで内容も、見せ方も、とても素晴らしかったです。それからたばこと塩の博物館さんの2016「伊達男のこだわり-きせる・たばこ盆・たばこ入れに観る職人の技」、根津美術館さんの2022「蔵出し蒔絵コレクション」2017「鏨の華-光村コレクションの刀装具」2015「江戸のダンディズム 刀から印籠まで」(今年9月これからですが「甲冑・刀・刀装具−光村コレクション・ダイジェスト」が予定されていて、とても楽しみです)。森アーツセンターでの2022「THE HEROES 刀剣×浮世絵-武者たちの物語」もとても素晴らしかったです。そして京都の清水三年坂美術館さんでは、(今も「超細密工芸」が催されているようですがこちらは観に行けませんが)2018「印籠・緒締・根付」と2012「印籠百展」2008「研出し蒔絵の印籠」、を観させて頂きました、ってちょっと古すぎますかね。三年坂さんは小さな美術館ながら何れも超名品揃いで、本当に感動でした。流石京都は凄いです頑張って訪ねる甲斐は十分ですね。それから京都には気軽に現代根付の美に触れることのできる京都清宗根付館もありますね。今回の展覧会内容に近似或いは関連したもので、フライヤーや半券の残っている範囲の最近(10年余?)私が観てきたものは、こんなでした。実際には見逃したものもあったかと思います。静嘉堂さんでは2017に「超日本刀名門」や2016「漆芸名品展」の中にも‥、くらいで、あまり印象に残っていませんが、当然ながら、ちゃんと素晴らしいコレクションを沢山沢山お持ちだったのですね。と、ずいぶん余計なことを長々と書いてしまいましたね。
今回展示の超目玉は、ビクトリア女王から贈られた「後藤象二郎のサーベル」ですが、細かな唐草模様に彼の奮戦を記念する旨の刻印された儀式用サーベル、鍍金装飾の施された銀製の鞘、その他付随の小物から専用ケース、全てが実に美しく、特に柄の部分、象牙のライオン頭部の彫刻は見事でした。ある種のオーラのようなものが漂ってきていました。豪華な金銀宝石の装飾で埋め尽くされるモノではなく、この静かな美しさのサーベルを送ってくださった女王陛下は、きっと日本の武士の美意識を少なからず知っておられたのでは? と思います。初公開、というかつい最近文庫の書庫の整理中に発見されたものだということに、とても驚きます。岩崎彌之助には、これは美術品という認識よりも奥様のお父上の名誉のしるし、家宝として、文庫の美術品とは別に保管していた? だとしても、目録には保管場所を明記していなかったのだろうか。長年行方不明というが、文庫の品にそんなことはあるのだろうか。コレクション量が多すぎだったりで管理しきれなかったり? 震災やら空襲やらの避難などで行方知れずになった? そんなものは他にもあったのだろうか。天下の三菱さんが‥? 何とも不思議です。ともあれ、パークスの自筆書簡まで含め、美術品としての価値に加えて歴史的価値と日英友好など、様々な価値がこの品にはあるのです。一応ずっと昔、史学科で専門にこの時代を学んだ者としては、この品が話題になって、後藤象二郎の人となりやその思想に、今少し一般の注目が集まることを、ほんの少し望んでしまっています。志半ばで逝った人物が何故かヒーローに祀り上げられがちです。
さて、私にとっては一番のお目当て印籠・根付でした。今回展覧会では、静嘉堂文庫に収蔵されている276点の印籠のうち、40点展示されているのだそうです。わぁお!! 流石、これでまだ1/7とは。自分が生きているうちに全てを観させて頂くわけにはいかないと、はっきり実感しました。今回はきっと選りすぐりの品なのでしょう、様々な技法を駆使して花鳥風月や故事などが金銀漆で美しく表現され、所有者の季節感覚や趣味や教養をも見て取れる品々です。とても素晴らしかったです。しかもユーモア・洒落の利いたものもあったりします。また本展の蒔絵師ごとの紹介というのは、なかなか珍しいように思いました。原羊遊齋の「雪華蒔絵印籠」は、以前永青文庫さんで、雪の結晶の数や配置等が違い、根付も違う品を観ました。その時永青さんは、古河藩主土井利位がオランダから取り寄せた顕微鏡で結晶を実際に視て研究し「雪の殿様」などとも呼ばれ、彼がまとめた、結晶の図なども記された文献『雪華図説』、『続雪華図説』も、共に展示されていたようにかすかにですが覚えています。その古河藩の財政危機にあたり、親戚筋の細川家に多大な借金をすることとなり、その礼として展示された原羊遊齋の「雪華蒔絵印籠」を送った、という逸話も添えられていました。その時は原羊遊齋の雪華蒔絵印籠はこの一点なのだと思ってしまいましたが、そうではなかったことが分かりました。原羊遊齋の作品でもうひとつ、あの琳派酒井抱一が下絵の「秋草虫蒔絵象嵌印籠」も超豪華であってなお繊細で、めちゃ素敵でした。象牙の子鹿の根付も可愛く、「山里は秋こそことにわびしけれ鹿の鳴く音に目を覚ましつつ(古今)」「秋萩の散りの乱ひに呼びたてて鳴くなる鹿の声の遥けさ(万葉)」「をみなへし秋萩しのぎさを鹿の露別け鳴かむ高圓の野ぞ(万葉)」などの和歌が頭を過ぎりました。尾張徳川家の御用蒔絵師で幻の蒔絵師などと呼ばれている「吉村寸斎」の作品もありました。漆だけで木目を表現し、馬の体の線を極細から太目までの螺鈿で表情豊かに生き生きと表現しています。柴田是真のずっとずっと前の人です。今回私の一番の気に入りは、肥後細川家御用蒔絵師「古満寛哉」の競馬蒔絵象嵌印籠に亀の根付でした。上賀茂神社の神事で、競馬の疾走感よく出ている一方で根付が亀(笑)。
後半屏風絵等も、とても面白かったです。いずれも作者名は無いのですが、皆実に生き生きとその時代の風俗がよく描かれており、着物や刀剣や提げものも、流行がちゃんと描かれていました。ただそれを探し観ていると引き込まれてしまい、時間がとてもかかります。
今回の展覧会は、移転後の中で最高の、とても見ごたえのある素晴らしい展覧会でした。ただ、皆さん思われたことでしょうが、印籠は裏側も大事で、できればそれをちゃんと観ることが出来る鏡置き展示とかアクリル板展示とか、考えてほしかったです。