甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性
京都国立近代美術館|京都府
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必ずや記憶に刻まれる絵
一度見たら忘れない絵というのはある。
普通それは、上手だなあ、美しいなあ、素敵だなあ、斬新だなあ、など、見る者を心地よい方向へと導いてくれるが、その逆もある。
例えばムンクの《叫び》のように、得体のしれぬ不安や恐怖が描かれていれば、当然鑑賞者もそっちへ巻き込まれてしまうような。
あるいは、応挙の幽霊画のようにそのものズバリが夢に出て来るような。
甲斐荘楠音(かいのしょうただおと)の作品も私にとって、そっち系の忘れえぬものだ。
初めて見たのは、2021年に東近美であった「あやしい絵展」。
多数の妖しい絵が集められた展覧会で、楠音の作品も5~6点はあったろうか、ひときわ異彩を放っていて、他の絵とは明らかに異なる空気を漂わせていた。
その企画展は、おそらくこの楠音作品が出したくて開いたんだなと、確信した。
それから2年、再びその絵が登場だ。今度は楠音単独での展覧会として。
2月の京都に夫婦でやって来た。私の目的は当展一択。女房に一緒に見ようと誘ったが、遠慮しますと福田美の魁夷展に行ってもーた。
やっぱ、メインビジュアルの端っこにチラっと《横櫛》見えたらそうなるかあ(笑)
東近の「あやしい絵」展もこれだったけど、まさか本物見るまではそこまで強烈だとは思わなかったからなあ。
私みたいな「怖いもの見たさ」人間ならともかく、うちの奥さんみたいな「そっち系お断り」人間は、拒否反応出るんだろう。
てなわけで京近美へ単独行、いよいよ二度目の邂逅だ。
《横櫛》が二作あるのは知らなかった。一つは当館所有の例のやつ、もう一つは広島県美所有で、顔の陰影のない普通の美人画だ。
この「怖くないほう」に関しては、持っていた小林和作が広島県美に寄贈したと楠音に当てたハガキが展示されていた。
ヤバイほうの《横櫛》。
楠音は何故こんな表情に描いたのか? モデルの着物美人が少しでも哀しみを表に出しているようであればまだわかる。
が、その女性はうっすらと微笑んでいるのだ。
愁いを帯びた笑い?
違うなあ。そこにあるのは、あたかも心を病んでいるかのような無機質な笑みだ。
それを強調するかの如く、目の周りに影を作ったもんだから、見る者は言いようのない女の闇の部分を感じてしまう。
極め付きが《幻覚(踊る女)》だ。
着物の裾を帯に挟んだ日本髪の女が素足も露わに踊っている。その所作も日本舞踊などという正調ではなく、何か異国の音楽に合わせているかのようだ。
トランス状態にあるのか、恍惚、陶酔といった白日夢の世界を彷徨っているようにも見える。背後には手の影、足は動きがわかる二重描き。
そして笑みを浮かべて。
いずれも大正期の日本画だ。そりゃ異端視もされるだろう。
「穢い」と評した画壇の重鎮もいるほどだ。岸田劉生は「デロリ」と呼んだ。
年増の花魁を描いた《春宵(花びら)》なんか、まさにそんな絵。
令和の現代でも、こんな絵を見て快いとか癒されるなんて思う者はまずおるまい。
だけど惹かれる。
水の中から手が出て来て足首つかまれ、そのまま水中に引きずり込まれるかのように。
例えは違うかもしれないが、これは大正期の貞子だね。
あまりにも異様な女性画に目が行ってしまうけど、基本的に楠音は優れた画家だし、「綺麗な」絵も描いている。
特に洋画テイストの裸婦像に溢れるエロスには他を圧するすごいものがある。就中、《籐椅子に凭れる女》は傑作だ。
女性の美しさをどうやったら引き出せるかがわかってないとできない技だ。
それは楠音の女性性に起因するのかもしれない。
解説では彼はゲイだったとあるが、会場に多数展示された女装写真からもそれは窺える。あるいは、彼の集めた膨大なスクラップブック中の切り抜きからも。
会場の後半は、東映映画「旗本退屈男」シリーズで市川右太衛門演ずる早乙女主水之介が着た衣装を中心に、楠音デザインによるものがズラリと並ぶ。
昭和30年代の時代劇でありながら、その斬新なデザインはめちゃくちゃカッコイイ。
一見地味でも、柄をよく見るとモダンでPOPなのには驚く。
スクリーンからは細かい紋様を見極めるのは難しいが、中には遠目にもよくわかる素敵な絵柄がある。
私が一目見て惚れたというか、当展に出てる衣装では抜きんでて素晴らしいと思ったのが、青地に飛び魚が跳ねる柄。
気づいたかたいらっしゃると思うが、これは川端龍子の絵が元になっている。
それを銀幕のスターに着せた楠音のセンスにはただただ感服する。
衣装コーナーを堪能した後は、展示ラストを飾る《畜生塚》と《虹のかけ橋(七妍)》の二つの屏風絵。
いずれも未完だそうだが、後者は完成作にも見える。美しく描かれた七人の花魁にはかつての「デロリ」は微塵も感じられない。
《畜生塚》のモチーフについては詳述しないが、これが完成していたらおそらく美術史に残る名作になっていたのではと思えてくる。
ちなみに、美術館から徒歩20分、三条大橋西詰の瑞泉寺に畜生塚はあるので、歴史好きな方はどうぞ。
未完の大作コーナーからは、最初の「妖しい」コーナーにつながっているのでそれをまた見て大団円。
ヤバイ画家が描いたヤバイ絵の大展覧会は、本当にヤバかった。
京都展は4月初めまで、7月には東京へ巡回です。真夏に見る楠音絵画も、冷気を感じていいかもしれません。