生誕100年 山下清展 -百年目の大回想
山梨県立美術館|山梨県
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戦後80年に考える「山下清が見た戦争」
地元にあって身近な存在の山梨県立美術館を度々訪ねるなかで近年の企画の傾向が変化しているのには気づいていたが、先々月新聞に掲載された同館館長の青柳正規氏のコメント記事をたまたま読んで次のような理由であったと知ることができた。「山梨県立美術館は、ミレーを中心としたバルビゾン派絵画のコレクションで知られる。コロナ前は、世界中の館のバルビゾン派のコレクションと比較する意識で展覧会を企画していたが、コロナ禍で作品の国内外の移動が困難になった。コロナ禍以後は、〝山梨のバルビゾン〟と考えて展覧会を作るようになったという」(「変容と回帰 コロナ禍と文化1」『朝日新聞』2025年8月15日付朝刊)。記事を読んでなるほどと思うとともにそうした考えのもとでこの芸術の秋に県立美術館で開催される、放浪の天才画家として知られた山下清の生誕100年を記念する展覧会を今回この場を借りてご紹介したい。ただ実のところ山下の生誕100年からはすでに何年も経っているのだが、当人と同じくこの展覧会も全国を隈なく巡回展という形の放浪の末にここ山梨まではるばるやってきてくれたのは大変有り難い限り。
そして開幕から数週間ですでに観覧者が1万人を突破するなど山下はかつてより子どもからお年寄りまで誰からも知られる知名度、人気、集客力ともに抜群の存在であり、人々から愛されるアイコンとしても様々な俳優が映画やテレビドラマで演じた裸の大将のイメージが未だに根強く存在する。だが良くも悪くも人々のなかでイメージが先行するなかでプロの画家の目から見てもその作品は梅原龍三郎や安井曾太郎など画壇の巨匠から高い評価を受けており(ちなみにこの両巨匠の作品は現在県立美術館のコレクション展のなかで展示されている)、最近でも鳥取県立美術館がペン画を726万円で、ニトリ会長の似鳥昭雄氏が貼り絵を2千万円で購入したことが報じられるなど、生前はもとより今でも作品が高値で取引される人気作家である。一方で当の本人は「僕は楽しみで絵を描くのに、どうして僕の絵に高いお金をつけるのかな?」とも言ったといい、上のような報道やテレビ東京の開運!なんでも鑑定団などの番組で高値が出るのを見る度にこの言葉を思い出す。
なお山下は先に述べた放浪生活のなかで山梨の甲府にある名勝昇仙峡を好んで度々訪れており、今回の展覧会でもその風景を描いた個人蔵の貴重なペン画が出品されている。他に並んでいるペン画に比べて用紙がグレー調で分かりやすいので、ここはぜひ爽やかな渓谷の空気感を味わえる山梨ゆかりの作品をじっくりとご覧頂ければ幸いである。昇仙峡には昨年百寿を迎えた現役の影絵作家として知られる藤城清治氏の常設作品で有名な影絵の森美術館があり、現在本展と同じく特別展が開かれているのでぜひこちらも合わせてご鑑賞をお勧めしたい。これまで長く同館では常設展示として山下清展が開かれてきたが(そのなかで先述のペン画を元に作られた昇仙峡の貼り絵が盗難される事件もあった)、現在はこちらも生誕100年を記念して期間限定で会場が拡張されており普段展示されていない作品も並ぶ。山下の代名詞である貼り絵が中心の県立美術館とは一風異なり、影絵の森美術館ではそれを元にした版画やペン画が非常に充実しているのが特徴である。
今回の展覧会では「長岡の花火」(上記画像)など代表作の貼り絵をはじめペン画に油彩画、水彩画、絵付けされた陶磁器とともに前述の裸の大将と呼ばれた所以であるリュックサックなどの遺品の数々が展示されている(その他展示リストには掲載されていないが、人間国宝の陶芸家濱田庄司から貰い受けて使い込まれた湯飲み茶碗や絶筆となった最後のサイン入りしおりも)。個人的にはご遺族やコレクターの方々が大切に愛蔵されてきたこれら多くの品々のなかでも、画業の初期に制作された貼り絵のひとつで「観兵式」というタイトルの作品を今回直に観ることができて嬉しかった。というのも以前に読んだ作家辺見庸氏の城山三郎賞受賞作『完全版 1★9★3★7 イクミナ』(角川文庫)のカバー装丁に本作が用いられているためである。この本が文庫化された約10年前に街中の書店で平積みされているのを見た時、その表紙に衝撃を受けて思わず手に取ったのを鮮明に覚えている。1冊ずつはバラバラに見える上下巻だが、これを横に並べると1枚の貼り絵として完成するという珍しい仕掛けが施されている。
またよくよく見ると非常に緻密に貼られているその原画を作った当時、山下はまだ若干15歳の少年だったというからその天才ぶりには目を見張るものがある。実際展覧会場で目にすると少年期の作品とは思えないほど、後年の代表作にも引けを取らない超絶技巧で見事な出来栄えである。梅原安井両巨匠らが絶賛したのも丁度その頃だから、先見の明とともに一流は一流を知るということだろう。そして本作が制作された1937年、同じ年に前述した辺見氏の大著のテーマである日中戦争に突入し、いわゆる南京大虐殺が起きたとされる。その加害の問題を問う書のタイトルである1★9★3★7の表記はイクミナ、征くみなでもあり、総力戦の初年度にこの作品にも写る天皇陛下のご親臨のもと兵士が行進した観兵式を山下は離れて眺めていたか遠くから見ることを余儀なくされたものと思われると著者は言う。そこで日の丸を振る大衆の熱狂とは裏腹にその光景に恐怖を覚えていたのではないかと指摘するとともに、この作品について次のような感想を続けて述べている。
〈貼り絵の「観兵式」には、山下清が花火をえがいたときのような昂揚や悦びはなく、一九三七年の一般的世情とはかなりことなるだろう緊張と寂しみがただよう。軍隊は玩具のように小さくまばらで、群衆の姿態はあまりにも一律であり、むかいの窓からのぞいている目は、まるで監視者たちのそれのように鋭くも感じられる。清は後に徴兵検査をうけさせられるが不合格となる。荒ぶる兵士にも付和雷同する群衆にもなれず、ひっそりと一九三七年の風景を切りとっていた山下清の目のほうが、戦争賛美の画を描きまくった画家たちよりも未来を正しく感じていたのかもしれない。〉(辺見庸著『完全版 1★9★3★7 イクミナ 上巻』角川文庫)
これら辺見氏の指摘は、現在東京国立近代美術館で開催中の戦争画が中心の展覧会を紹介する先日放送のNHK日曜美術館で、藤田嗣治や宮本三郎など著名な画家が描く戦争画を見た時に感じた違和感と重なるように思える。戦争を美化するプロパガンダに与した当時の事情を承知しつつも、その点にはいささか疑問が残ってならない。一方で同じ時代に作られた山下の作品からは氏の言う「緊張と寂しみ」、確かに彼が感じていたであろう戦争の恐ろしさと監視社会の息苦しさがひしひしと伝わってくるものがある。恐らくそれが繰り返されているはずの今世界各地で頻発する戦争や紛争にも通じるものがあり、作者の目を通して改めて戦争とは何か、その先にある未来をも深く考える貴重な機会となった。奇しくも戦後80年という節目に当たる今年、冷静に俯瞰の目で戦争を見つめた山下の作品に触れることは何か大きな意味と意義を持つように感じられる。末筆ながら今回の展覧会で強く印象に残った言葉をひとつご紹介してここで筆を擱くことにしたい。
〈戦争と言うのは殺しっこをやると言う話を聞いたので 戦争と言うものは一番こわいもので一番大事なものは命で 命より大事なものはない 命を取られると死んでしまう 死ぬのは何より一番つらいもので 死んでしまえば楽しみもなければ 苦しみもない 死ぬまでの苦しみが一番つらい 戦争よりつらいものはない〉(今回展覧会で展示中の山下清「鉄条網」作品キャプションより)
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