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出品作品に対して賞が与えられるということもさっぱり理解できなかった。ふたりには「作者」という自覚がなかったのである。

「当時、兵庫県立近代美術館(現在の兵庫県立美術館)の学芸員だった私は、被災後に調査に訪れたひとりの土木研究者から倒れた彫刻の重さを訊かれ、答えに窮した。重さを知らずに台座をデザインしたから倒れたのだと指摘された。」

「仏師だった高村光雲は、師匠の東雲から、上野で内国勧業博覧会とやらが開かれるから、《白衣観音》を作って出しておいてくれと頼まれた。東雲の名前で出品された観音像は、見事竜紋賞を獲得した。もちろん、受賞者は作者たる東雲、しかし真の作者は光雲、ところがふたりとも博覧会という新たな催しも、出品作品に対して賞が与えられるということもさっぱり理解できなかった。ふたりには「作者」という自覚がなかったのである。」

木下直之「作者とはだれか」より

静岡県立美術館ニュース「アマリリス」2025年度秋




プロフィール

松山賢
岩手県御所野遺跡近くで生まれる。
湯舟沢遺跡すぐ横で育つ。
横浜市三殿台遺跡そばに在住。
京都で日本画制作を経て、
土器、人形、彫刻をつくりはじめる。
最近は油彩画、野焼きの陶彫を制作、発表している。
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