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ヒロシマ・コレクションにおもうモノの日常
当然のことながら、被爆してぼろぼろになった衣服や弁当箱などは日常の断片でもあった。
本展では、写真に付された個々の遺品の来歴が、数行という短さながら持ち主や寄贈者の生活風景を効果的に浮かび上がらせる。写真は意味や時間、存在の「不在」を美的に感じさせることに長けた表現だが、ここでは記憶・記録装置としての写真の力は、モノが彩る日常をあらためて思い起こさせる。モノは生活の表象として現在の私たちに接続され、1945年の日常を情景として追体験させる。
被爆して朽ちた遺品たちは、たしかにその来歴の描写と合わせて見るとなお痛々しい。しかし同時に、突然断ち切られてしまった日常は、写真の力によって一層輝かしいものとしても感じられ、その愛おしさも痛いほど伝わってきた。





