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特別展 「日本画」の挑戦者たち それぞれの葛藤と探求

特別展 「日本画」の挑戦者たち それぞれの葛藤と探求

山梨県立美術館|山梨県

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エネルギーあふれる日本画の大作の数々に圧倒される展覧会

 今年2025年度の山梨県立美術館の特別展を振り返ると、「皇室の美と山梨 皇居三の丸尚蔵館の名品」をはじめとして「ポップアート 時代を変えた4人」「生誕100年山下清展 百年目の大回想」と1年間にわたって非常にバラエティ豊かな企画揃いであった。そして大変有り難いことにチケットプレゼント企画を行われる本サイト事務局さまのご厚意でこれらを毎回鑑賞させて頂く機会に恵まれた(普通に観に行くと通常一般料金で1000円かかるところ、大変貴重なペア券を賜りましてどうも有り難うございます)。今回もまた濡れ手で粟の大穴を狙って応募したところ運良く当選し、ご招待に預かって観にきたのは、本年度最後の展覧会で「『日本画』の挑戦者たち それぞれの葛藤と探求」。明治から大正、昭和前後期までいずれも同じように画壇の新陳代謝として世代交代が進むとともに、そのなかで過去の古いものを壊し、常に新しいものを創ることが求められた各時代を代表する日本画家たちにスポットを当てる。

 例えば明治期の横山大観や菱田春草は「墨の輪郭線を用いずに光や空気を表現できないか」という師匠の岡倉天心からの問い、速水御舟や川端龍子などが大正昭和前期に注目された東洋画と西洋画、昭和後期は加山又造や横山操らが敗戦後の日本画滅亡論の提唱に対してそれぞれ刺激を受け、これまでにないものを作り出そうと新たな団体を立ち上げたりしながら自らの制作活動に邁進していく。そのなかで横山大観らが生み出した没線描法などの新たな技法はいわゆる朦朧体といったそしりを受けたり、中村正義など一部の画家はこうした古い画壇との対立や離脱、仲間と団体を旗揚げしたりということもあった。そのため環境としては大変厳しく多くの画家がいずれも逆境のなかで葛藤を抱えながら新しい日本画、自らの画風を求めて活路を見出そうと独自の技法や画材を進化させながらこれらを確立させていった。この度の展覧会ではそこに至るまでの試行錯誤の努力、題材や技術面での悪戦苦闘を若書きの小品から晩年の大作を通じて垣間見ることができる。

 今回の展覧会は巡回展でなく県立美術館のみの単館開催ながら学芸員の方々のご尽力により、同館のみならず東京と京都の大きな国立近代美術館からそれぞれの画家にゆかりのある地方の美術館まで全国の美術館の貴重なコレクションがこの地に集結している(そのうち横浜美術館や目黒区美術館は本サイトでも紹介されている来春開催の「岡田謙三 パリ・目黒・ニューヨーク」の主な所蔵館で行ってみたいと思うが、それぞれ速水御舟や東山魁夷の名品を持っているとは知らなかった)。それだけに各美術館が誇る名作が画家の初期作から晩年の作品まで余すところなく順序立てて並べられており、これまでの近代日本画の歴史の流れを知る上でも非常に充実した内容となっている。なかでも加山又造《冬》など以前にテレビ東京の美の巨人たちやNHKの日曜美術館といったテレビ番組で取り上げられたり、日本画がテーマの特集展や個々の画家の大きな回顧展に出品されたりしてきた意欲作が集まっているのも特長である。

 ここ数年のうちでは、2020年に神奈川県立近代美術館葉山で開催された「生命のリアリズム 珠玉の日本画」(今回展示されている同館所蔵の横山操《波濤》や髙山辰雄《夜》がそれぞれ出品された)、一昨年に同じく神奈川のそごう美術館などを巡回した「面構片岡球子展 たちむかう絵画」(ここで勢揃いした片岡球子の面構シリーズ40数点のうち、今回は《面構 足利義満》が本展に出品されている)、今年平塚市美術館など巡回の「生誕100年中村正義展 その熱と渦」にコロナ禍や遠方のためなかなか足を運べずに残念ながら観るのは叶わなかったが、その作品が向こうからここ山梨まではるばるやってきてくれたのは大変有り難い限り。なかでも先の中村正義展は前述の日曜美術館のなかで今春に取り上げられてそれを大変興味深く観ており、生誕100年というメモリアルイヤーでもあって非常にタイムリー。それだけにこの回顧展に行けないのは痛恨だったが、まさかこんなにも早くその実物を間近で観ることができるとは思いもよらずまさに僥倖の極みである。

 このように観る者の関心を強く引く日本画の風雲児と呼ばれた中村正義は画壇のなかでも異色の存在であり、恐らくご覧になる方のなかでも好き嫌いがはっきりと分かれる画風のように思われる。何しろ会場には山や海など静けさが漂う冬の作品が多いなかで、《男と女》と題されたその作品は春画に着想を得て描かれたもの。いわゆる男女の営みを表現しているだけに非常に大胆というか、少し刺激が強すぎてあまり直視しにくいかもしれない。その一方でこの戯れる男女の隣に並べられた最晩年の作品《うしろの人》には、ここで静かに佇むその人の瞳に思わず目を奪われる。他のレビューに見られた恐怖という感情こそ抱かなかったが、人間が死を目の前にした時にこういう風になるのか、また他の画家の最晩年の作品にも見られるが絵描きの業として最期にこうした絵を描くものなのかと考えさせられる。それは画家という職業柄ながらその晩年にはさらに見えざるものが見えており、彼岸と此岸、あの世とこの世の境い目がない世界にいるように感じられた。

 そして前述した通りテレビ番組、展覧会の図録や関連書籍、リーフレットなどで見たことのある作品ではあったが、実際展覧会場で目の当たりにするとこんなにも大きな作品だったのかと驚かされることしきりだった。また保護ガラスのはめ込まれていない作品も多いため、執拗なほどに描き込まれてまるで洋画のようなタッチ、厚塗りのマチエールになっていたのかと発見することも多い(ちなみにこれらの作品を描いた中村正義や片岡球子は、岩絵具を定着させるための膠の代わりに接着剤としてボンドを用いていたという)。その他の画家が描いた題材も日本画の伝統的なモチーフのみならず瑞々しく新鮮な視点で人物や風景、植物、生き物など多種多様ながら、それぞれ非常に見応えがあってエネルギーにあふれる日本画の大作の迫力に圧倒された。以前にテレビで観たり本で読んだりした画家の声が何だか聞こえてくるようで、じっくりと観ているとその真剣で真摯な生き方に自然と背筋が伸びる思いがする。

 また今回の特別展の構成としては冒頭で述べたように明治から昭和後期までがその対象になっており、平成以後の作品は取り上げられていない。だが現代でも当然のことだがかつての彼ら彼女らと同じように、新進気鋭の日本画家が今の時代に合った新しい日本画を求めてその挑戦を続けている。コレクション展ではその関連展示として最後の大きな一室を使って山口晃や福井江太郎らが描いた大作が立ち並び、それぞれの葛藤と探求の軌跡を見られる。是非こちらも合わせてご覧頂ければ、より一層内容の理解が深まるように思う。なお現在の企画展の会期は来年2月1日までとなっているが、前後期で一部の作品の展示替えが行われるというのもあって大変拙い文章ながら本サイトに投稿を急いだことをお許し願いたい。特に会場芸術と称される前期の川端龍子の大作《曲水図》は来週26日まででその翌日から年末休館となり、年始は年明け2日から開館の後期ではまるで実物のような写実主義の速水御舟の小品《秋茄子と黒茶碗》を観られるこの機会をお見逃しなく。

 〈私は若い頃の作品があってこそ一人の作家の進歩の過程が知られて意義もあるのだと信じています。天才は別格としてどなたでも若い頃の作品に自信をもってはおられますまい。でも稚拙ではあってもその作品の中には捨て難いその人なりの、今では持ち合せない情熱がこもっていて、それが又みどころともいえましょう。〉(『精進ひとすじ 片岡球子の言葉』求龍堂刊より引用。なお同書のカバー裏や口絵には片岡球子の本展出品作《火山(浅間山)》《面構 足利義満》が掲載されており、その内容ページでは火山や面構への思いについても触れられているので是非ともご一読をお勧めしたい。)

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ぷーながさん
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