ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢
愛知県美術館|愛知県
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構築された「ゴッホ」の深層――家族の献身と自己犠牲が紡いだ受容史の結実
愛知県美術館で開催中の「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(Van Gogh's Home: The Van Gogh Museum)は、フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh, 1853–1890)という画家の神話を解体し、その遺志を継承した家族の物語を克明に描き出す極めて重要な展覧会である。
1. 肖像画に刻まれた「実像」と「比較」の視点
本展の導入部で耳目を集めるのは、No. 1 ジョン・ピーター・ラッセル(John Peter Russell)による《フィンセント・ファン・ゴッホの肖像》(Portrait of Vincent van Gogh, 1886) である 。自画像よりも「実物に似ている」とされるこの肖像と、No. 37 《画家としての自画像》(Self-Portrait as a Painter, 1887-88) を比較することで、画家の内面的な自己演出と他者からの客観的視点の乖離を浮き彫りにできる 。
2. 黄金の麦畑と死のトリガー 献身としての自己犠牲
本展のハイライトの一つ、No. 50 《麦の穂》(Ears of Wheat, 1890年6月) は、生命の象徴であると同時に、悲劇への前奏曲でもある 。1890年7月、フィンセントはオーヴェール=シュル=オワーズ(Auvers-sur-Oise)の麦畑で自ら命を絶つが、その背景には梅毒に侵され病床にあった弟テオドール・ファン・ゴッホ(Theodorus van Gogh / 通称テオ Theo)への痛切な想いがあった 。
自分の治療費や生活費が、病に苦しむテオの家族を圧迫しているという自責。この《麦の穂》に描かれた力強い生命力は、自分を「種まく人」になぞらえ、その収穫を愛する家族へ託そうとした画家の最期の決意を象徴しているかのようだ 。
3. ヨーとウィレム 管理と継承のタクティクス
第4章・第5章では、テオの妻ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル(Johanna van Gogh-Bonger / 通称ヨー Jo)による「芸術の管理」が焦点となる。
No. 51 『テオ・ファン・ゴッホとヨー・ファン・ゴッホ=ポンゲルの会計簿』(Account book of Theo van Gogh and Jo van Gogh-Bonger) は、作品を単なる遺品ではなく「社会的資産」へと高めようとした彼女の理知的かつ献身的な足跡を証明している 。
No. 52 《石膏トルソ(女)》(Plaster Statuette of a Female Torso)
彼女が売却し、現在は小牧市のメナード美術館(Menard Art Museum)に収蔵されているこの作品の流転は、本展と愛知を結ぶ重要な結節点である 。
そして、伯父と同じ名を与えられた甥、フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh)が「ファン・ゴッホ財団」(Vincent van Gogh Foundation)を設立し、コレクションを散逸から守り抜いたことで、今日の享受が可能となった 。
総評 日本への憧憬が還る場所
フィンセントが抱いた「日本への憧れ」は、甥ウィレムの尽力と、愛知県出身の建築家・黒川紀章(Kisho Kurokawa)によるアムステルダム・ゴッホ美術館(Van Gogh Museum)新館設計という形で歴史的な円環を閉じる 。
「The Painter's Legacy, the Family Collection, the Ongoing Story」という副題が示す通り、本展は死をもって完成されたのではなく、家族の執念とも言える愛によって現在進行形で構築され続けている「ゴッホ」の物語である。