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逸翁美術館は、小林一三(こばやしいちぞう 1873〜1957)の雅号「逸翁(いつおう)」を冠した美術館で、昭和32(1957)年、大阪府池田市に開館。逸翁が収集した美術工芸品5,500件を所蔵している。逸翁は、阪急電鉄をはじめ多方面で活躍する実業家であると同時に、文化・芸術の世界で名を馳せた数寄者でもある。早くも20歳代の頃から美術品の収集を始め、その審美眼は茶の道に入ることでさらに磨かれていく。
関心の幅も広く、逸翁美術館が所蔵しているコレクションは、古筆、古経、絵巻、中近世の絵画(特に蕪村・呉春・円山四条派の作)、日本・中国・朝鮮・オリエント・西洋を含む陶磁器、日本・中国の漆芸品に及ぶ。逸翁美術館が所蔵する美術工芸品5,500件の内、書跡・絵画は約1,600件、陶磁器は約2,500件、そのほかの品は約1,300件にのぼり、中には国指定の重要文化財15件、重要美術品20件が含まれている。
逸翁美術館に隣接して、池田文庫がある。その歴史は、小林一三が開いた娯楽場・宝塚新温泉内の図書室にさかのぼり、宝塚少女歌劇団(現在の宝塚歌劇)の公演が始まった翌年、大正4(1915)年に開設された。また、近くには、小林一三記念館がある。小林一三の旧邸である洋館「雅俗山荘」を中心に、小林一三の事績を紹介する施設として、2010年に開館した。
◆小林一三について
小林一三は、1873(明治6)年、現在の山梨県韮崎市に生まれる。19歳の時に慶應義塾を卒業し、三井銀行で本店勤務の後、大阪支店に赴任。元来、文学青年で小説家志望であった一三だが、銀行員時代の先輩達との出会いから事業の面白さに目覚めていく。1907(明治40)年、三井銀行を退職し、箕面有馬電気軌道(現、阪急宝塚線・箕面線)を創立。1910(明治43)年運行を開始した電車事業は、沿線の住宅開発を共に行うという独創的なアイデアによって好調なスタートを切る。1920(大正9)年には神戸線が開通し、社名も阪神急行電鉄と改め「阪急電車」として親しまれる。一方梅田には、1929(昭和4)年、阪急百貨店(現、阪急うめだ本店)を開業し、洋食をメインとした大食堂は大人気となる。また、宝塚歌劇や阪急ブレーブス、東宝を設立するなど、たくさんの人たちが楽しむ事業を次々に成功させていった。
一三のユニークな発想から生まれたビジネスモデルは、私鉄経営を始めとする各地の事業者達に影響を与えた。そうした手腕が見込まれて、東京電燈(現、東京電力)の経営を立て直し、1940(昭和15)年には第二次近衛内閣の商工大臣、戦後には戦災復興院総裁に任命された。
一三個人としても、幅広い著作を遺した文化人としての素顔を持つ。日常の暮らしの中では、趣味の俳句や茶の湯を通じて多くの人々との交流した。多方面に足跡をのこした一三は、1957(昭和32)年、享年84歳で没している。
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