芸術新潮1991年7月号「日本画よ、何処へ 大正日本画の逆襲」特集より

「田中日佐夫 変に余白ばかり生かした、ああいう日本画というのは何も日本画の伝統としてあったわけではないし、昭和になって出てくるものです。徳岡神泉や池田遙邨だって、皆余白ばかりで、余白の中に何か気のきいた枝ぶりがあったりするような絵ばかりになってくる。」
座談会「なぜ消えた?大正日本画」より
「畠中光享 僕らよりも若い世代の人を悪く言いたくないけど、若い人の大半の絵というのは、上の売れてる人、有名な人の二番手をやってるの。絵を描くということはどういうことなのか根本的にわかってないのね。職業でしかないのと違うかな。
平松礼二 そうそう、画家という職業が現代社会にきっちり定着しちゃってるわけだからね。僕らの小さい頃、職業的な画家って少なかったもんね。
中島千波 画家なんて皆貧乏だった。今は受験世代の悪い影響があるのかな。これをやると受かりますよと。だから卒業して展覧会に出すときも、こう描くと通りますよと。こういう風にやるとお金持ちになれます、有名人になれますよという…。」
(横の会)座談会「現代日本が夜、何処へ」より