みんなの現代アート 大衆に媚びを売る方法、あるいはアートがアートであるために」グレイソン・ペリー著、ミヤギフトシ訳、より

「何かをアートだと定義する方法のひとつは、それがどれだけ退屈か見極めることではないかと私はときおり考える。そこには娯楽的価値もなく、喜びもない。」
「現代においてアート作品を語る上で最も侮辱的な言葉は、「装飾的」であるということになる。
しかし、装飾的であることはとても素晴らしいことだ。そしてアートに喜びがないという考えは間違っている。」
「レフ・トルストイは「アートを正しく定義するためには、まず前提としてそれが喜びを提供するものであるという考えをすてて、人間が生存するための条件のひとつであると認識するべきだ。」と言った。」
「彼が言いたかったのは、ビデオアートの展示室内で永遠に立ち続けること、あるいは設置された座り心地が悪いだけの美しいベンチに座らなければならないこと、かもしれない。」
「1990年代、開催される展覧会の半分は写真展のように思えたが、どうやって写真がアートであるとわかるのだろうか。」
「その写真がアートであると見分ける基準は、写っている人が誰も笑っていないこと、あるいは芝居がかった態度が目に付くことだった。しかしその写真がアートであるとわかる一番の方法は、巨大さだ。サイズによって、スナップや報道写真ではなく、絵画のような存在感を得たのだ。」
「とても有名な、優れた写真家であるマーティン・パーに、他の写真と区別するためのアート写真の定義を教えてくれないかと尋ねたことがある。「高さ2メートル以上、価格が五桁以上であること、かな」と彼は即答した。」
訳者あとがきより
「翻訳作業を進めながら、contemporary artを現代アートと訳すたびに、どこかむず痒い思いがしていた。自分の作品や活動について語るとき私は現代美術を使い、現代アートという言葉を避けていた。この言葉がまとってしまった軽さに戸惑いを感じてしまうからだ。」
「みんなの現代アート 大衆に媚びを売る方法、あるいはアートがアートであるために」グレイソン・ペリー著、ミヤギフトシ訳、より
https://bookmeter.com/books/18339098
「カフカ」D・Z・マイロウィッツ、ロバート・クラム著、堀たほ子訳、も読んだ。
https://bookmeter.com/books/888061