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EXHIBITION

ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信

千葉市美術館

  • 開催期間:
  • 開催ステータス:開催予定
錦絵の寵児、鈴木春信の軌跡をボストン美術館の浮世絵コレクションから紹介。初の里帰り作品も多数出品。
質・量ともに世界第一級の浮世絵コレクションを誇るボストン美術館の所蔵品から、錦絵創始期の第一人者 鈴木春信(1725?-70)の作品を中心に紹介します。 また春信が影響を受けた初期の浮世絵、影響を与…Read More

この展覧会についてABOUT THIS EXHIBITION

質・量ともに世界第一級の浮世絵コレクションを誇るボストン美術館の所蔵品から、錦絵創始期の第一人者 鈴木春信(1725?-70)の作品を中心に紹介します。

また春信が影響を受けた初期の浮世絵、影響を与えた礒田湖龍斎や勝川春章、喜多川歌麿などの作品も展示し、春信という寵児が生まれた時代を通観する画期的な展覧会です。世界で1,2点しか確認されていない作品、初の里帰り品も多数出品されます。

◆プロローグ 春信を育んだ時代と初期の作品
春信の活躍する少し前、宝暦期(1751-64)は、紅と緑色程度の簡単な版彩色である紅摺絵の時代です。この紅のピンク色にも近い、温かみのある色合いにつられるように、浮世絵の主題は徐々に甘美さを増し、若い男女の恋の図、また日常的な家庭の光景や子どもを描いた、優しいまなざしの感じられる作品が多くなります。春信の感性は、そのような時代に育まれ、画風や主題の方向性が決定づけられたのでした。

この章では、展覧会の導入として、春信を育んだ時代の先行絵師たち、すなわち奥村政信(1686-1764)、石川豊信(1711-85)、鳥居清広(生没年不詳)などが残した温和で優美な画風を味わいつつ、希少な春信初期の作品を通して、その画風形成の様子を展観します。

◆第1章 絵暦交換会の流行と錦絵の誕生
錦絵は、明和期(1764-72)のはじめ、武家や裕福な商家の趣味人たちを中心に、私的な摺物である絵暦の交換会(大小会)が流行したことをきっかけに誕生しました。陰暦では、30日ある大の月と29日の小の月があり、その順番が毎年変化したのですが、大小の月を絵の中にRead Moreまぎれさせて示した洒落た趣向の摺物が絵暦です。

趣味人たちがあまり採算など考えず、よりカラフルな美しい絵暦を求めた結果、多色摺木版画技法が飛躍的に発達しました。この趣味人たちの遊びはまもなく下火になったようですが、版元たちはその美しさに目をつけ、商才を働かせて版木を求め、売買が禁じられていた暦の文字部分や依頼者の名前を削って売りに出したのです。その時、江戸の誇るべき錦のように美しい絵という意味を込めて冠した名が「東錦絵」でした。

◆第2章 絵を読む楽しみ
春信の錦絵では、当世風俗を描く作品の中に、古典物語や故事の名場面をひそませ、鑑賞者に絵を読む楽しみを与えている作品が多くあります。このような古典から当世への置き換えを軸に、その解読と妙を楽しむという趣向を持った作品群は、見立絵またはやつし絵という用語で呼ばれています。

春信の見立絵には、主題の原典を示す文字情報が表されることはほとんどないのですが、教養豊かな享受者は、そうであればなおさら読み解くことに楽しさを覚えたのでしょう。

◆第3章 江戸の恋人たち
春信の作品には、若い男女を描いた恋の図の名品が多く知られています。振袖を着た若い娘と前髪を残した若い男は、同じように華奢な姿で、年齢でいえば15、6歳といったところでしょう。現実的な生々しさや肉感をことごとく排した男女の姿は、純粋で清々しい初恋のイメージを伝えているようです。

江戸幕府が開かれて以来150年余りを経て、武士にも戦の記憶はない安定した都市の幸福に恵まれる中では、男性的な力強さを必要とせず、華奢で優美な表現が好まれたようです。

◆第4章 日常を愛おしむ
穏やかな日常、無償の愛情を子どもに注ぐ母親、屈託無く遊ぶ子どもたちの姿など、春信は江戸の人々の日常をよく主題と
しています。どこにでも見られるさりげない日常が、ことさらに絵の主題となり、それを購入する人が多くいたという事実にも、浮世絵の特性を感じずにはいられません。この主題傾向は、その後の浮世絵にも大いに継承されているところです。

江戸城をのぞむ地で生まれ、整備された水道の水で産湯を浴び、精米された白米を食べ、乳母日傘で大切に育てられるということに、江戸っ子たちは誇りを持っていました。鑑賞者である大人たちは、春信の絵に江戸という都市の恩恵を感じつつ、しみじみと日常の幸福を味わったのでしょう。

◆第5章 江戸の今を描く
春信の錦絵は、比較的裕福で教養ある階層の趣味人の間で流行した絵暦交換会をきっかけに誕生しましたが、明和5年(1767)頃より、当世の興味を直接刺激するような主題を積極的に選ぶようになります。
特に当時江戸で評判の実在の美人たち、中でも谷中笠森稲荷の水茶屋鍵屋の娘お仙、次いで浅草寺境内の楊枝屋本柳屋の娘お藤は、たびたび春信の錦絵の主人公となりました。

また江戸名所を人物の背景に描き込むことが多くなるのも、この時期の春信作品の特徴といえます。江戸の
ランドマークを背景とした男女の姿は、人々が真に江戸という都市への愛着を持った時代らしい息吹を伝えています。大衆の興味に応じて今の江戸を主題とする春信晩年の作品は、その後の錦絵の展開に重要な方向性を示しました。

◆エピローグ 春信を慕う
春信が急逝したのは、明和7年(1770)6月のことでした。明和6、7年頃から春信に倣う画風で錦絵を描いていた浮世絵師たちは、まだまだ春信の美人画を見たいと願う人々の気持ちに応えて、没後数年はその画風を大きく
変えることなく描き続けました。当初は春広と名乗っていた礒田湖龍斎(1735~?)、鈴木春重の画名を持ち、また春信の名で偽物を制作していたとも告白している後の司馬江漢(1747-1818)、勝川春章(1743-92)、北尾重政(1739-1820)などがこぞって春信画風を慕い倣う錦絵を描いていたのです。この章では、没後もなお春信を慕う浮世絵師たちの追慕の様相を展観します。
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開催概要EVENT DETAILS

会期
会場千葉市美術館 [MAP]
住所 千葉県千葉市中央区中央3-10-8
時間 10:00〜18:00(最終入場時間 17:30)
  • 日~木曜日 10:00~18:00
    金・土曜日 10:00~20:00
    ※入場受付は閉館の30分前まで
休館日
10月2日(月)
観覧料 一般 1,200円(960円)
大学生 700円(560円)
小・中学生、高校生無料
  • ※( )内は前売券、団体20名以上、千葉市内在住65歳以上の方の料金
    ※障害者手帳をお持ちの方とその介護者1名は無料
TEL043-221-2311
URLhttp://harunobu.exhn.jp/

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