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アート・読書好きを唸らせる至福の時間
創業300年をこえる老舗旅館を再生した宿「松本十帖」を訪ねて

アートコラム

老舗旅館『小柳』内にあった大浴場は改装され、ブックストアへと生まれ変わった。
老舗旅館『小柳』内にあった大浴場は改装され、ブックストアへと生まれ変わった。

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話題の美術館が多く、近年は松本まちなかアートプロジェクトやマツモト建築芸術祭なども開催され、アートファンにとって注目のエリアである長野県松本。そんな松本に創業300年をこえる老舗旅館を再生した宿「松本十帖」が2022年にグランドオープンした。かつて与謝野晶子や若山牧水など多くの文人も訪れ、優れた作品を残した場所でもある浅間温泉街の賑わいを取り戻すことを目的に、個性的な宿泊施設を多数手がける自遊人がプロデュースし、SUPPOSE DESIGN OFFICE(サポーズデザインオフィス)やスキーマ建築計画が設計を手がけた。

松本十帖の外観
松本十帖の外観

松本十帖は、敷地内にある2つのホテル「松本本箱」「小柳」のほか、ブックストア、ベーカリー、ショップ、レストランやカフェなど複数の施設で構成されている。チェックインは、その施設のうちの一つ、「松本本箱」から徒歩約3分のカフェ「おやきと、コーヒー」で行う。昭和初期に建てられ、かつて芸者の休憩室だった建物を改装して作られた店内では、到着した宿泊者におやきとコーヒーが振る舞われる。また、1300年の歴史を誇る浅間温泉街には「湯仲間」という地元の人が管理する共同浴場が数多くあり、このカフェの建物に設置された温泉も仲間湯として利用されている。

カフェは外来利用も可能。趣ある店内でいただくコーヒーとおやきでほっと一息。
カフェは外来利用も可能。趣ある店内でいただくコーヒーとおやきでほっと一息。

元浴場という非日常空間で知の源泉に触れる

ホテルに到着すると、冒頭でも紹介したブックストア「松本本箱」が出迎えてくれる。真っ赤な絨毯が印象的な空間には雑誌や新書に加えて、テーマごとにセレクトされた本が並び、まるで本箱の中に迷い込んだよう。選書はブックディレクターの幅允孝氏を中心に行われ「新しい知との出会い」をコンセプトに、知識と興味の入り口になる写真集や画集、エッセイなど約1万冊が揃う。

1万冊の本が揃うブックストア「松本本箱」は24時間営業。予約制で日帰り利用も可能。
1万冊の本が揃うブックストア「松本本箱」は24時間営業。予約制で日帰り利用も可能。

階段を登った先にあるのは「本に溺れる」をコンセプトに、落ち着いて読書が楽しめる「オトナ本箱」。中央にはかつて浴場だった名残りで浴槽を活用したリラックススペースがあり、本棚にはアートやファッションなど様々なジャンルの写真集が揃う。

オトナ本箱中央の浴室ゾーン。本棚には思わず手に取りたくなる写真集がたくさん並ぶ。
オトナ本箱中央の浴室ゾーン。本棚には思わず手に取りたくなる写真集がたくさん並ぶ。

子どもと一緒に楽しめるブックストア

奥には子ども向けの絵本や図鑑をセレクトした「こども本箱」もある。浴槽には大人も童心に返るボールプール!子どもを遊ばせつつ、自分の読書や読み聞かせをすることも可能だ。ストアにはウォーターサーバーとおむつ替え台の設置された授乳室もあるので、乳児連れでも安心して楽しめる。

こども本箱のボールプールの様子。2000冊の絵本が並ぶ。
こども本箱のボールプールの様子。2000冊の絵本が並ぶ。

客室で源泉掛け流しの露天風呂を堪能

敷地内の2つのホテルのうち、「小柳」は元々あった小柳旅館の記憶を残しながらも、全室に露天風呂が付いたモダンな和室へとリノベーションされている。こちらの客室はベビー&キッズ歓迎で、ベビーベッドやバウンサーのほか、ミルク作りに嬉しい70度設定ポットや哺乳瓶除菌キット、ベビーソープや絵本、知育おもちゃなども備え付けられており、子連れファミリーにとっては大変ありがたいサービスだ。

「小柳」の客室。和室にはウェグナーやフィンユールなどの名作家具が設置されている。
「小柳」の客室。和室にはウェグナーやフィンユールなどの名作家具が設置されている。

対して「松本本箱」は、SUPPOSE DESIGN OFFICEによる設計らしく、昭和の温泉的な時代感や匂いをどう活かすかを考え、あえて躯体の上に内装材を貼らず、塗装しないコンクリートそのままの壁を見せることによって、新旧の記憶がレイヤリングされた素材の表情豊かな空間となっている。

「松本本箱」の客室。窓からは松本市街や北アルプスの山並みを望む。
「松本本箱」の客室。窓からは松本市街や北アルプスの山並みを望む。

ローカル・ガストロノミーによる2つのレストラン

館内には薪火グリルダイニングの「三六七」、子連れ専用の「ALPS TABLE」の2つのレストランがある。共通するのは信州の風土・文化・歴史を料理で表現した「ローカル・ガストロノミー」をテーマにしていること。材料には千曲川・信濃川流域の野菜や、佐渡近海でとれた魚、放牧豚や平飼いの鶏など、動物に優しく環境負荷の少ない方法で肥育されたものをチョイス。化学調味料を含め食品添加物は一切使用せず作り上げている。

ALPS TABLEのコースの一例。小さな子どもも飽きないよう1時間のショートコースを用意。
ALPS TABLEのコースの一例。小さな子どもも飽きないよう1時間のショートコースを用意。

今回は信州イタリアンをテーマにしたファミリーダイニング、「ALPS TABLE」で夕食をいただいた。レストラン内には遊び場や子どもが遊べるスペースのほか、信州の食を学べるプロジェクションマッピングもあり、のびのびと自由に過ごすことができる。

遊び場には絵本や木のおもちゃ。プロジェクションマッピングでは、りんごやお米の成長を学ぶことができる。
遊び場には絵本や木のおもちゃ。プロジェクションマッピングでは、りんごやお米の成長を学ぶことができる。

レストランでは、敷地内の蔵で作られた自家醸造シードルもいただける。地元の農家で捨てられてしまう摘果の減農薬リンゴを使用し、さらにシードル作りによって排出される林檎の搾りかすは安曇野放牧豚の餌として再利用するというサスティナブルな取り組みだ。

シードルは敷地内のショップでも販売中。
シードルは敷地内のショップでも販売中。

浅間温泉街の古き良き文化を継承しつつ、本を軸に年代を問わず楽しめる独自の施設へと編集された松本十帖。部屋、食事、ストアなど至る所に随所に光るこだわりは、アートファンを満足させるに違いない。

アート&旅 | HOTEL SELECTION VOL.05
松本十帖 | Matsumoto Jujo
ADDRESS 〒390-0303 長野県松本市浅間温泉3丁目
TEL 0570-001-810
https://matsumotojujo.com

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