フォンタネージ―イタリアの光・心の風景
開催期間: ~
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フォンタネージを広く世間に知ってもらいたい、という気概がすごい展示
5.0
展示を見終われば、フォンタネージのイメージは単なる「お雇い外国人」から、
「田園のみならず都市も望まれれば描く風景画家」でもあり、
「感情を込めた物語性のある画を描く画家」でもあり、
「気象と光の移ろいを真摯に追求する画家」でもあり、
「イタリアでも日本でも教え子から慕われた教育者」でもあり、
「次世代の芸術家に顕彰された芸術家」でもあり、
「北イタリアの芸術的伝統とヨーロッパのロマン主義を結び付けた存在」でもあった、
という風に、様々に自分なりにフォンタネージという人物を構築することができる良い展示の仕方であり内容であった。
沼を画題とした数点の画、孤独がタイトル名に入った数点の画、同じ画題・構図で反転されて描かれた2点の画、などがそれぞれ並べて展示され、比較して見られるように展示してありました。
私としては、不憫な人(←日本においては、です。本国では由緒ある美術学校の教師でもあり画家としての確固たる地位や名声もあったと思います。)、というイメージがあって、
日本に着任して早々くらいにラファエル・コランに師事した黒田清輝がフランスから帰国して、
コランの「外光派」を学んだ人達からは「旧派」扱いを受け、
あげくに暗い色調を「脂派」などと言われ、さぞかし肩身の狭い思いをし、
さらに、戦費の嵩む西南戦争で高い給料を払えなくなった政府にお払い箱にされ、
プラス、体調も悪かったらしくて、踏んだり蹴ったりではなかったのかな、と。
一緒に日本へ来た彫刻家のラグーザなどは、まだ教科書などに頻繁に登場するけれど、
フォンタネージこの人は、ほとんど教科書でも見かけない存在、だと思う。
(私は、ずいぶん前に観光先の教会で山下りんさんのイコン画に遭遇し、
その時にそばに添えられていたキャプション中で山下りんさんの師として名前・略歴を拝見した程度です。)
パリ万博前後にバルビゾン派の画家たちと交流を持ち、
その後、スイス、英国、イタリア各地で都市の風景に興味を持ち、
パリのサロンへの出展で、ボヌールやミレーらの絵画に触れ農民や家畜を画題にしたり、
そんな交流や旅や移住をした体験のその先で、「四月」や「雲」の大作が生まれたと思う。
そこに行きつくまでの画風の移り変わりを、自分の目でじっくりと確かめながら見て回れた。
このあたりはバルビゾン派の影響濃いかな、とか、このあたりはマッキアイオーリの影響が大かな、とか。
そこは、あくまで自分なりに自由に(笑)感じるのが大切な気がする。
着任した工部美術学校は、唯一女子も学べた美術学校で、
その女子の一人「神中糸子」の「揖保川風景」は、
流れゆく雲の描写にフォンタネージュの影響とリスペクトを感じた。
男子画学生の「中住勇魚」の学校内部の数枚のスケッチは、
当時の工部美術学校の様子がよくわかりとても貴重なスケッチだと思った。
「浅井忠」、「小山正太郎」、「松岡寿」の画などからは、
フォンタネージの教えを上手く昇華し、
その後の洋画の礎となったであろうことがよく窺えた。
教え子の日本初の女性洋画家でありイコン画家である山下りんの画は1点も無く、そこは少々残念だった。
必見は、「田園風景を描いた四曲屏風」。
従来全く知られていなかったものらしくて、これは大変貴重です。
金箔が貼られた革のパネルに描かれ、
木製の枠組みにボルトで固定されたもの。
思わず手で触ってみたい、なんて思って手が出そうになりました(笑)。
210×230cmの大きな作品。
フォンタネージの日本への追憶・慕情がひしひしと感じられた。
次世代画家の、
エンリコ・レイチェルドの「池のある風景」や、
ロレンツォ・デッレアーニの「風に吹かれる雲」、
この2点に特に私は、フォンタネージへのリスペクトが感じられた。
空気と光の描写にフォンタネージの遺したものの片鱗が、確かに見えた。
「えっ?」って吃驚したのが、「花」。
左側部分端っこが何も描かれていなくて、花が描かれた4隅に緑色(?)の枠線(?)のようなものが。
キャプションには、試行を重ねた様がよくわかる、みたいに書かれていたけど、
そういうものも展示するんだ、すごい!、と思った。
さらに驚くのが、グッズ売り場に、この画のキーホルダー(?)が売られていた事。
未完の画のグッズ、今にして思えば買っておけばよかったようなそうでないような(笑)。
このような完成していない作品の展示や、
同じ画題(画材)で描かれた数点の画を同時に展示されていることで、
どれほど完成までに試行錯誤したのかが、本当によくわかる展示です。
博覧会で賛否両論だったという「雲」も、
多くのスケッチや下絵を残し、
なおかつ画面を何度もパレットナイフで削り描きなおしを行ったそうで(キャプションより)、
画題(画材)への追求心は並大抵のものではなく、
魂が込められているからこそ見る者の心に響くんだろうなと思った。
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