町田市立国際版画美術館所蔵 長谷川潔展 ―パリに生きた銅版画家の軌跡
開催期間: ~
クリップ数:60件感想評価:6件
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静かで静謐な美の世界
5.0
大好きな長谷川潔の作品を町田まで行かなくても汐留でたくさん見れる!! 今期のパナソニックさんはなかなか嬉しいラインナップです。
8月末の平日昼時、人は結構入っているものの、混雑というほどのことはありませんでした。じっくり楽しませていただきました。
撮影は全禁でした。町田ではよく撮らせて頂いていましたし、また小さいこの会場で撮影可とすると、特に休日には人が滞ってなかなか厳しいかもと、まあ良いとして、一点だけ可ですと言われたのは出口前にある記念撮影用の特大ポスター。これはよく他館では会場外、入り口前辺りにあるやつで、作品ではありませんよねぇ(笑)。最近のパナソニックさんはこのパターンが多いみたいです。私的には新橋駅地下にあった特大ポスターの方が、記念撮影したくなる感じでした。
ひと月前、国立西洋のレンブラントを見て、今回パナソニックさんで長谷川潔。その間に写真展ながらモノクロームの作品を色々見ていて、ここのところすっかりモノクロームの世界に浸っています。
「メゾチントは16世紀にルードヴィッヒ・フォン・シーゲンによりあみ出された銅版画の技法で、彼から技法を習得したカンバーランド公ルパートによって改良が加えられ、急速にイギリスで普及。絵画の複製や挿絵として一時期大変よく普及したものの、写真技術によって19世紀後半には次第に廃れ…。日本人長谷川潔は技術復興改良をなし、メゾチント版画を複製ではない芸術の界に押し上げた‥」って、時代は1世紀もさかのぼるわけですが、レンブラント展でエッチングについての似たような解説を見たような…。レンブラントの復興させ独自に進化させたエッチング技法技術も、組み合わせ用いられるスティップル・エングレーヴィングやドライポイントの技法も、それからトーマス・ワトソンの情感たっぷりの柔らかなメゾチントも、長谷川潔の深い漆黒のメゾチントも、しっとりと水彩画の濃淡のようなアクアチントも、浜口陽三のカラーメゾチントも、ですが、白地に黒にせよ黒地に白にせよとにかくめちゃめちゃ大変な手仕事の賜物であって、その芸術的優位性はそれぞれで、当時の、そして今でも、それらを見る人の心を揺さぶり、触発された多くの作家たちがまた研究に研究を重ね、次々に素晴らしい作品を生んでいるわけで、私たちはそれをため息と共に見させて頂けて有難いかぎりです。
今展、最初で、作品だけでなく、長谷川潔の人生を追うような展示で、なかなか面白かったです。最初、ルドンにカンディンスキーはわかっていましたが、ビアズリーには「えっ!!」と思わず声を出してしまいました。それから意外に面白かったのは、『竹取物語』の章でした。メゾチントの作品かと思いきや、ビュラン刻銅版画だそう。紙は本の寸法に合わせ日本に特注した最高級和紙「鳥の子紙」で、出版協会の頭文字を透かし入れ漉いてあります。老舗版画工房ドラートルで長谷川自ら刷りの監督もし、7年かけて完成した渾身の作品だとか。これは一般に販売されたものではなく、会員制の出版協会から限定150部が出版され、全て会員所蔵となったものだそう。調べたら横浜美術館も移管所蔵していて、開館以降自分が住んでいた四半世紀の間には、幾度か展示もされているそう。つまりたぶん高い確率で見たことがあったかもしれないのです。なさけなや。更に、テキスタイルデザイナー須藤玲子氏が手掛けたという、越前和紙を使った会場デザインが、『竹取物語』の作品と響きあっている感じでした。
最後のマニエール・ノワール(メゾチント)群。やはり圧巻でした。そして、《横顔(1970年)》を最後に、長谷川は事実上制作に終止符を打ちました。それは1920年から協同した刷り師・カミーユ・ケンヴェルが1971年に逝去したからだそうです。勿論版画制作には、腕のいい刷り師の存在が不可欠ということでしょうが、そんな簡単には言い切れない、職人と作家の強い信頼関係、決して替えのきかない、かけがえのないつながりを見届けるような、最後のフロアでした。また、再三の帰国以来にもかかわらず、日本を出てから一度も帰国せず、フランスの地で没した長谷川潔。その彼にとっての日本は、いったいどのようなものだったのか、力のこもった竹取物語を紹介する作品などから、決して悪い思いばかり、ではなかったと思いたいです。