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FEATURE

監獄の歴史と近代日本の歩み、そして「自由」とは?
美しき監獄からの問いかけ

【Part 2】奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート

アート&旅

奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート (特記以外写真提供=星野リゾート)
奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート (特記以外写真提供=星野リゾート)

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構成・文:森聖加

100年以上の時を経て重要文化財に指定された旧奈良監獄が、ホテルとして生まれ変わり、2026年6月に開業した 「星のや奈良監獄」をご紹介した【Part 1】に続き、今回【Part 2】は、「星のや奈良監獄」に併設されている「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」について迫りたい。

奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート入口
奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート入口

「星のや奈良監獄」滞在で忘れてはならないのが、「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」で、建築が語る歴史と向き合うことだ。ミュージアムが伝えるのは、監獄の歴史だけではない。レンガ造りの建物に刻まれた近代日本の歩みをどのように未来へつないでいくのか、現代における「自由」の定義とは何かということ。歴史的建造物に新たな役割を与え、「生きたアーカイブ」として次世代へ生かしていく。奈良監獄ミュージアムは、そんな新しい文化継承のあり方を提示している。

「文明国」の証──欧米列強に比する刑務所施設の急務

滞在2日目。この日は、学芸員の神 剛司(かみ こうじ)さんに案内いただき、「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」を見学した。宿泊者は内部から自由に行き来できる通路があるが、ミュージアムは外部に開かれた施設のため、ホテルとは異なるエントランスが別にある。来館者はここから入場し、まずは庁舎建物の外周を巡って、塀に囲まれた敷地と建物の大きさを体感する。「敷地は約10万㎡、甲子園球場に換算するとおよそ2.3個分の大きさです」と神さん。現在の刑務所からすれば中規模だが、明治時代の監獄としては圧倒的な広さ。棟が5つに分かれて立つ様子が敷地西側から見るとよくわかる。

奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート
奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート

旧奈良監獄は、建物の老朽化と耐震性の問題から2017年3月に刑務所としての役割を終え閉鎖した。その後、「明治五大監獄」の中で唯一全貌が現存する希少性から国の重要文化財指定を受ける。敷地内には、1946年以降の奈良少年刑務所時代に受刑者の更生目的で使われた運動場や職業訓練のための工場がいくつかあったが、施設の保存・活用にあたってそれらは取り除かれ、明治期の美しい赤レンガ建築が残る。

放射状に広がる5本の分房監(収容棟)の中心に位置する第三寮は、明治期の姿を今に伝える保存エリア。扉をくぐると監獄というイメージとは異なる、柔らかく、明るい光に満ちた空間に驚くだろう。フロアは端から端まで58.8m、48の独居房があった。上下階を合わせて房の数は96。「第五寮には複数の受刑者が入る雑居房があったので全体での収容人数は約650名でした」と神さん。独居房の広さは畳3畳分で、このわずかな空間が受刑者の日々の暮らしの場所だった。

独居房。高い位置に設置された窓。衛生を保つための機能もあった
独居房。高い位置に設置された窓。衛生を保つための機能もあった

「身体刑」から「自由刑」へ――近代国家が求めた監獄建築

旧奈良監獄誕生の背景には、江戸時代から明治時代にかけて大きく変化した刑罰の考え方がある。その歩みは、A~Cの3棟からなるミュージアムの展示エリアで詳しく紹介されている。エントランス脇に掲げられた「監獄からの問いかけ」の文章をまずは心に刻みたい。A棟は「歴史と建築」がテーマだ。

展示エリア、A棟
展示エリア、A棟

江戸時代の刑罰は、むち打ち、磔、火あぶり、遠島など、身体への苦痛を与える「身体刑」が中心だった。牢屋敷も雑居が基本で、衛生環境は十分とはいえず、刑罰は共同体の秩序を維持するための見せしめという側面を持っていた。欧米諸国から見て、身体刑を中心とした江戸時代の刑罰制度は「野蛮」と受け止められ、幕末の不平等条約締結の一因だったとも考えられている。明治維新後、日本は近代国家として国際社会に認められるよう、欧米にならった近代的な司法と監獄制度の整備を急いだ。

キリギリスを入れる虫かごに似ていたことから「ギス監」と呼ばれた、江戸時代の旧牢舎の実物展示も 撮影/森 聖加
キリギリスを入れる虫かごに似ていたことから「ギス監」と呼ばれた、江戸時代の旧牢舎の実物展示も 撮影/森 聖加

こうして、明治政府は刑罰を「罰する」だけではなく、「隔離し、矯正し、社会復帰へ導く」ものへ転換していく。身体への苦痛を与える身体刑から、自由を制限することで更生を促す「自由刑」へ。この新しい思想を空間として表現したのが、明治五大監獄だったのだ。

山下啓次郎が具現化した「近代監獄」の思想

1908年(明治41年)、旧奈良監獄は、近代国家を目指す明治政府の一大プロジェクトとして完成した。設計は、司法省技師の山下啓次郎(けいじろう)。帝国大学造家学科(現在の東京大学工学部建築学科)で建築を学び、近代建築の父・辰野金吾に師事。全国の裁判所や監獄の設計を数多く担った。ちなみに、ジャズ・ピアニスト山下洋輔氏の祖父である。

設計にあたり、山下は欧米8カ国・約30の監獄を視察。その中でアメリカの建築家ジョン・ハヴィランドが考案した放射状監獄システムに注目する。中央看守所から放射状に伸びる複数の房棟を一度に見渡せる構造は、効率的な監視を可能にし、独居房や衛生的な環境を組み合わせることで、受刑者の矯正を目的とした近代監獄のモデルとして世界に広まっていた。

明治五大監獄の模型。ほぼ同時期に設計されたものだが監獄建築の進化が見て取れる。一番右が奈良監獄
明治五大監獄の模型。ほぼ同時期に設計されたものだが監獄建築の進化が見て取れる。一番右が奈良監獄

山下はこの「ハヴィランド・システム」を日本の気候や技術、制度に合わせて発展させた。さらに受刑者の人権に目配りする思想を建物の随所に盛り込んだ。例えば、舎房の天井高が約3.5mあるのもそのひとつ。約4.88㎡という限られた空間も高い天井のおかげで圧迫感が減る。棟中央の天窓や舎房内の高い位置に設けられた明り取りの窓から自然光を取り入れ、十分な換気にも気を配った。棟内の空気がどこか清々しいのもそのせいだ。日中は「工場で共同作業を行う」日本の更生制度に合わせて、舎房から作業場へスムーズに移動できる合理的な動線もつくられた。

「1905年って何の年だかわかりますか」と神さんがたずねる。うーん。日清戦争?「おしい! 日露戦争です。旧奈良監獄建設のわずか3年前、かろうじて勝利した戦争のために日本は多くのお金を使っていました。だから監獄建設の予算が限られていた。そこで、赤レンガは職人の指導のもとに受刑者自らが焼き、積み上げたのです。この土地が選ばれたのも、良い土が採れるという理由からだったんですよ」(諸説あり)

あなたにとっての「自由」とは? 監獄に身を置き考える

続くB棟は「規律とくらし」をテーマに、「デザインの解剖」で知られるグラフィックデザイナーの佐藤卓氏のアプローチによって、「規律」「食事」「衛生」といった7つの項目ごとに刑務所の日常が細かく紐解かれていく。起床から就寝、布団の畳み方、全国の刑務所の献立や食器の個性など、発見がいっぱいだ。「ちり紙は1カ月400枚」。そんな些細なことまで厳格に決められた刑務所での生活を視覚的に、わかりやすく描き出し、私たちに「自由」について問いかける。

B棟「規律」の部屋
B棟「規律」の部屋
B棟「衛生」の部屋
B棟「衛生」の部屋

C棟は「監獄とアート」。旧医務所を改装した現代アートの展示空間で、「罪と罰」「時間と記憶」などをテーマに、西尾美也、キュンチョメ、三田村光土里、風間サチコ、花輪和一の展示がある。受刑者が残した詩を約200人の手で刺繍した西尾美也の作品《声を縫う》。無数の糸が織りなす言葉は、そのまま受刑者の声と思いが布の上で息をしているかのよう。キュンチョメ《海の中に祈りを溶かす》では、作家自身が海中で祈り続ける姿が映し出される。祈りは泡となって、静かに海水へ溶けこんでいく――。

西尾美也《声を縫う》。西尾は奈良県出身のアーティスト
西尾美也《声を縫う》。西尾は奈良県出身のアーティスト

さらに先には、受刑者自身が制作した作品のコーナーが。喜び、怒り、後悔、グチ……さまざまな感情が織り交ぜになった彼らの本心に、ここまで見てきた監獄のありようを重ねるとき、言葉の意味がズシリと響く。

受刑者による「刑務所アート」 。中央の書は中国の古典『漢書』(枚乗伝)に収められた有名な故事成語 撮影/森 聖加
受刑者による「刑務所アート」 。中央の書は中国の古典『漢書』(枚乗伝)に収められた有名な故事成語 撮影/森 聖加

展示室A棟の映像で、ある刑務官はこう語っていた。「生まれ変わることはできないけれども、生き方を変えることはできる」。その言葉は、ミュージアムが投げかける「自由とは何か」の問いに、一つの答えを示しているように思えた。厳しい規律の中で失われる自由がある一方、人は自らの生き方を選び直す自由を持つこともできる。この当たり前のようで難しい問いが、来館者自身へも突き付けられている。

絶え間なく語り続ける「生きたアーカイブ」

建物が保存、活用されたことで、私たちは普段の生活では知ることのない監獄という場所の体験を得ることができる。建築を残すことは、単に過去を残すことではない。そこに新たな役割を与えて、人が集い、記憶を受け継いでいくこと。建物は未来へ向けて語り続ける。その声に耳を傾けるのはいまを生きる私たちだ。「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」は、「生きたアーカイブ」としての建物の可能性を教えてくれる。

併設のミュージアムカフェ&ショップにはオリジナルグッズが充実。写真はおすすめのひとつ、
赤レンガをモチーフにしたカレーパンと富有柿サイダー
併設のミュージアムカフェ&ショップにはオリジナルグッズが充実。写真はおすすめのひとつ、
赤レンガをモチーフにしたカレーパンと富有柿サイダー
アート&旅(奈良県奈良市)
奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート| NARA PRISON MUSEUM
ADDRESS 〒630-8102 奈良県奈良市般若寺町18
開館時間 9:00-17:00(最終入館は16:00)
定休日 なし(メンテナンス期間を除く)
チケット事前予約推奨 https://www.asoview.com/channel/tickets/xxGOcN2Deg/
オフィシャルサイト https://hoshinoresorts.com/nara-prison-museum/ja/

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