究極の「非日常」空間で出会う、歴史とデザイン。
重要文化財に宿まる「星のや奈良監獄」
【Part 1】アート&旅 | HOTEL SELECTION VOL.08

レンガ=洋と瓦=和をミックスさせた端正な外観 撮影/森 聖加
構成・文:森聖加
明治時代、日本の近代化を象徴する国家プロジェクトとして建設された「明治五大監獄」。その中で唯一全貌が現存し、創建当時の姿をほぼそのまま今に伝えるのが旧奈良監獄だ。赤レンガに白いラインが象徴的な建物は、100年以上の時を経て重要文化財に指定され、2026年6月、「星のや奈良監獄」として新たな歩みを始めた。歴史的建造物を保存するだけではなく、宿泊という体験を通して建築の価値を未来へつなぐ試みは、日本の文化財活用の新たな可能性を示している。近代建築の美と、そこに刻まれた時間を体感する滞在を紹介する。
【Part 2】「監獄の歴史と近代日本の歩み、そして「自由」とは?美しき監獄からの問いかけ 奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」はこちら
未来へ受け継ぐ建築美──重要文化財「旧奈良監獄」の再生

コントラストが美しい。門の右手には、2017年まで使用されていた「奈良少年刑務所」の看板が掲げられている 撮影/森 聖加
奈良市の中心部からタクシーで約6分。目指す「星のや奈良監獄」の表門(ひょうもん)に到着した。両サイドに円塔を備える赤レンガ造りの重厚なゲートが陽に照らされ、まぶしい。アーチ型のエントランスが静かに開かれて、閉ざされた敷地の内部へ。旧監獄をラグジュアリーホテルへと再生した、星のや奈良監獄の「非日常」体験はここからはじまる。
2026年6月25日に開業した「星のや奈良監獄」は、重要文化財の旧監獄を活用した日本初となるホテルだ。旧奈良監獄が竣工したのは1908年。奈良、長崎、金沢、千葉、鹿児島と次々に建築が進められた「明治五大監獄」のなかで唯一ほぼ完全な姿を残すのがこの建物で、2017年に国の重要文化財に指定された。レンガは長手積みと小口積みを交互に重ねる、イギリス積みの堅牢な構造をもつ。貴重な建造物を活かし、未来へつなげるために誕生したのが「星のや奈良監獄」と併設の「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」なのだ。

広い前庭を抜けていざ館内へ。レセプションには、「解体と再構築」をテーマとするアーティスト、手塚愛子のジャガード織作品『門が開く』シリーズが飾られて、この先に待つ時間旅行を象徴する。

建築の最大の特徴は、中央に位置する「中央看守所」と、そこから放射状に延びる5つの収容棟からなる「ハヴィランド・システム」。機能とデザインを兼ね備えた設計により、看守は中央の見張り台から各棟を一度に見渡し、効率よく監視することができた。回廊に生まれ変わった場所には、天窓から自然光が優しく差し込む。かつて監視のために設けられた動線は、いま、ゲストを無二の客室へと導く。


確立した近代監獄の建築構造
舎房が極上スイートへ──歴史を開く客室デザイン
中央看守所の先に舎房(独居房・雑居房の総称)を転用したスイートルームが現れる。上下2階建ての5つの棟には、全体で約500の舎房があった。廊下から眺める客室の外観は、房の扉が規則正しく連なる当時の姿をそのままに残し、ありし日の記憶が息づく。9~11の舎房(セル=cell)を大胆に連結することで全48室のスイートルームは生まれた。(※ミュージアムとしての保存エリア、第三寮をのぞく)

構造を支える機構。かつての床に絨毯が敷かれ、文化財を守りつつ、新たな美しさが生まれた 撮影/森 聖加
案内されたのは、客室タイプ「The 10-Cell(ザ・テンセル)」。10室の独居房をつなげた約80㎡の部屋は、旧奈良監獄の建築の魅力をもっとも体感できる客室だという。中央の玄関を起点に、左にベッドルームとダイニング、右側にリビング、バスルームが横へ連なる。長い客室の中を移動するごとにシーンが変わり、気分もそのたびに新しくなる。


かつて壁面を覆っていた白い漆喰は丁寧にはがされて、レンガの遺構があらわになった。特に「The 10-Cell」は、アーチを描く高さ3.5mのヴォールト天井が残り、往時をしのばせる。そう、天井の高さが高いから、想像していたような舎房の閉塞感はまったくないのだ。高窓には、本物の「鉄格子」がそのまま残されている。木製フレームと組み合わされたその窓は意外と大きい。時とともに移ろう光の表情も、くつろぎのひとときを特別なものにしてくれる。

大仏や鹿、星のや奈良監獄の表門などさまざまなモチーフをちりばめて 撮影/森 聖加
宿に到着したゲストはメインラウンジで、最初のもてなしを受ける。明治期に伝来し、日本独自に進化を遂げた紅茶をテーマにしたアクティビティ「茜のティーサロン」は、15時から16半まで無料で提供される。講堂として使われていた空間は、吹き抜けのある開放的なラウンジへと生まれ変わった。奈良・月ヶ瀬産の「和紅茶」をゆったりとしたソファで味わいながら、爽やかな香りとともに西洋建築での滞在をスタートさせよう。

文明開化の華やぎを味わう――五感でたどる近代日本の黎明
「星のや奈良監獄」の滞在では、建築だけではなく、食や音、香りなど五感を通して明治という時代を感じることができる。ダイニングラウンジでアペリティフをいただいてから、別棟のダイニングへ移動。「ガストロノミー・クロニクル」(宿泊者限定・要予約)で日本におけるフランス料理の系譜を紐解く洒落た趣向のディナーコースが待っている。コースは「黎明期」「成熟期」「現代」「未来」の全4皿で、これまでに紡がれてきた、あるいはこれからの西洋料理を予見する想像力を刺激する内容だ。また、のっけから意表を突く驚きも用意されていて楽しみは尽きない。ワイン、あるいはお茶のペアリングを合わせて。


夕食後は、ふたたびダイニングラウンジに戻って蓄音機のノスタルジックな音色を楽しむ「響きのソワレ」の時間も用意されている。針を落としたレコードからプチプチという音と共に流れる、穏やかな響きは、手でゆっくりとハンドルを回す動力を吹き込む蓄音機ならでは。カクテルやウイスキーなどとともに、「悠久」という言葉がぴったりの奈良での滞在が静かに深まる。

明治という時代、日本人が初めて本格的に西洋文化と出会ったとき、人々は何を感じたのだろう。新しい食文化や暮らしに驚き、戸惑いながらも、その華やかさに胸を躍らせたに違いない。そんな時代の空気を朝食で味わえるのが、「文明開化の朝食」だ。西洋醤油と呼ばれたウスターソースを添えたスコッチエッグや、カニクリームコロッケ、エビフライなど、日本の洋食文化の原点ともいえるメニューが並び、明治のモダンを一皿ごとにたどる。和朝食や洋朝食、軽朝食も用意されているが、近代日本の幕開けを体感できるこの朝食はマストだ。歴史を受け継ぐ建築のなかで迎える朝は、特別な旅にふさわしい余韻を残してくれる。
究極の「非日常」が映し出す、日常という豊かさ

監視のための空間はゲストを迎える回廊となり、舎房は心をほどくスイートルームへと生まれ変わった。究極の「非日常」空間に身を置くことで、ゲストは日常の豊かさの意味を深く噛みしめることになるだろう。客室の窓から見上げる空はどこまでも青く、光に満ちている。かつてここにいた人たちも眺めた空だ。「星のや奈良監獄」は、建築の意味を反転させることで、滞在そのものに新たな意味を与えている。Part 2では、併設の「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」で学べる、日本の監獄史について迫りたい。
【Part 2】「監獄の歴史と近代日本の歩み、そして「自由」とは?美しき監獄からの問いかけ 奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」はこちら
- アート&旅 | HOTEL SELECTION VOL.08
星のや奈良監獄|HOSHINOYA Nara Prison
ADDRESS 〒630-8102 奈良県奈良市般若寺町18
TEL 050-3134-8091(星のや総合予約)
https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/hoshinoyanarakangoku/