「平和」という絵を“NO BORDER”な活動で描いていく。
東京スカパラダイスオーケストラ 特別インタビュー
インタビュー Vol.2|展覧会「TOKYO SKA HAS NO BORDER」WALL_alternative

Photo by ryota haraguchi
今年でデビュー37周年を迎える東京スカパラダイスオーケストラ(以下、スカパラ)は、日本を代表するスカバンドとして、第一線で活躍し続けている。そんな彼らの37年の軌跡を「アート」と「リサーチ」から再解釈する展覧会「TOKYO SKA HAS NO BORDER」が、WALL_alternative(東京・西麻布)で開幕した。
前編(Vol.1)に続き、「スカ」の歴史をひも解きながら、プレス内覧会のレポートと、スカパラメンバーへのアートアジェンダによる特別インタビューをお届けする。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
- 「TOKYO SKA HAS NO BORDER」
開催会場:WALL_alternative(東京・西麻布)
開催期間:2026年8月11日(火・祝)〜8月29日(土)
「スカ」がもつ「NO BORDER」の歴史と精神
ここで少し「スカ」というジャンルの歴史をひも解く。実は「スカ」というジャンル自体が「NO BORDER」の精神と深く結びついているのだ。
1950年代後半~60年代初頭にジャマイカで発祥した「スカ(SKA)」は、カリブ音楽「メント」などに、アメリカから流入した「R&B」が融合した音楽で、裏打ちのリズムが特徴とされる。その後、スカは「ロック・ステディ(Rocksteady)」や「レゲエ(Reggae)」へと展開する。
1970年代末、ジャマイカからの移民と共にスカバンドのレコードがイギリスに持ち込まれたことで、イギリスでスカはパンクやロックと融合した。この第2世代のスカは「2トーン・スカ」と呼ばれる。「2トーン」は、当時の代表的なスカバンド「ザ・スペシャルズ(The Specials)」の鍵盤楽器奏者ジェリー・ダマーズ(Jerry Dammers)が設立したレコード・レーベルの名前に由来するが、やがてレーベルから出される音楽全般、それを取り巻くデザイン、ファッションなど文化全体を指すようになった。
「2トーン」を象徴するデザインが白と黒のチェッカーボード(市松)文様だ。「ザ・スペシャルズ」など2トーン・バンドを代表するバンドは、カリブ系移民(黒人)とイギリス人(白人)の多人種混成のバンドで、白と黒が交互に配されたデザインは、「白人と黒人の団結」を象徴するものとしてジャケットデザインなどで繰り返し用いられた。
当時のイギリスは、極右政党の台頭や経済不況により人種差別や社会的分断が深刻化していた時代であった。そうした中で誕生した「2トーン」は、音楽の一ジャンルを超え、1つの「思想」でもあったのだ。
その後、80年代にアメリカでより激しいパンクと融合した「スカ・パンク」が誕生し、日本でもスカを取り入れたバンドが生まれた。そうした流れの中、1989年にスカパラは『東京スカパラダイスオーケストラ』(通称“黄色いアナログ”)をリリース、デビューを果たした。
スカパラもグッズなどに白黒のチェッカーボードを取り入れたり、宣材写真で2トーン・スカを代表するバンドの1つ「マッドネス(Madness)」のジャケットデザインをオマージュしたりしている。スカパラを「2トーン・スカ」と直接的に結びつけることはできないが、ロックやジャズなど多彩な音楽のテイストを組み合わせて独自のサウンドを創り出すスカパラの在り方には、異なる文化のモノ(者)が融合する「スカ」という音楽が持つ歴史、文化、思想を内包していると言っても過言ではないだろう。
内覧会にスカパラメンバー5人が登場
プレス内覧会には、GAMO、川上つよし、大森はじめ、NARGO、谷中敦の5人が来場した。初めにリサーチャーの島影圭佑、続いてアーティストらの解説を受けながら作品を鑑賞する。

大野修の彫刻作品では、制作手法や細部のモチーフに興味津々の様子。作品の一部にサックスなどの楽器があると説明を受けると、作品に近づき、楽しそうに見つけていく。別の作品で、魚のおもちゃを使っているのは「Paradise Has NO BORDER」でさかなクンとコラボをしたからという説明に、メンバーも集まった報道関係者も思わず笑ってしまう一幕も。
インタビュー映像と資料を展示しているエリアでは、初期に刊行された『JUSTA MAGAZINE』など懐かしい作品を前に、メンバーのテンションも上がった様子だった。島影が、「マネージャーの皆さんの力を借りて、ヨーロッパツアーの際のフランス公演のセットリストも見つけてもらった」と説明すると、川上も展示されているセットリストに近づき、感慨深げに眺める。

北原独自のフォントデザインは、ライブの熱気をそのまま凝縮したようにエネルギッシュだ。
スカパラのセットリストは長い間、北原雅彦(トロンボーン/2026年5月にソロ活動に専念するためバンドを勇退)の直筆で作られてきた。北原の勇退以降、セットリストの作成は大森が引き継ぎ、新しいテイストのセットリストが生まれている。メンバーお手製のセットリストは、まさにバンドの歴史そのものだ。
「分解」と「合成」を繰り返し、ちょっとずつ進化する
ギャラリーツアーを終えると、メンバーからそれぞれ挨拶。

2001年の「歌モノ3部作」以降、バンドの楽曲の作詞はほぼすべて谷中が担当する。
谷中「音楽をしていることで、たくさんの人の笑顔を間近に感じられるので、世界中がこうなっていたら本当に平和だな、とずっと思っている。そういう気持ちで活動させてもらっているし、お客さんからエネルギーをもらっている。そんな気持ちを今回の展示で汲み取っていただき、作品を作っていただいて幸せです」。

パーカッションのほか、コーラスやアジテーターも務め、またグッズのデザインをするなど多才ぶりを発揮。
大森「音楽の楽しさを伝えたいという思いと同時に、皆さんが色んな感情を持ってくれたら、そしてそれが平和や愛というものにつながったらいいなと思っています。今回の展示では僕たちの活動や想いを感じてくれて、作品を作ってくれたことが嬉しい。形で表現してくれたことで分かりやすくなったし、僕らにもヒシヒシと伝わってきました」。

サックスのほかにアジテーターも務める。2026年、地元の北海道岩見沢に新設された北海道岩見沢東高等学校の校歌を作詞作曲した。
GAMO「気が付けばあっという間の37年。僕たちはお客さんや、他のアーティスト、いろんな人の力を借りて、常にちょっとずつ新しい方向に進んでいる。これからも何があるか分からないけど、常にちょっとずつ、この“ちょっとずつ”というのが大事なんですけど、常に変わっていき、面白いことを体感してもらえることをやっていけたらと思います」。

「Paradise Has NO BORDER」を作曲。インタビュー映像でも特別に作曲秘話について語っている。
NARGO「37年前、日本で誰も知らない音楽を始めて、スカを通じてこのメンバーが集まった。渋谷のストリートライブからスタートして、その時から自分たちでは計り知れない、何かエネルギーを感じていた。そして“世界中にこんな音楽をやっている人はいないぞ”と気付いて、オリジナルの“トーキョースカ”が出来上がった。それを僕らが続けなかったらこの音楽は絶えてしまう、という気持ちで必死で走り続けてきた37年でした。その間に、メンバーが辞めたり亡くなったりしたけど、その度に自分たちで再生して、違う生きものとして生き返った」。

歌モノ3部作の「美しく燃える森」「めくれたオレンジ」や、ライブの定番曲「DOWN BEAT STOMP」などを作曲。
川上「今まで音楽で平和をというと大げさすぎて、もちろん楽器を始めた時はそんなこと思っていなくて、“それは大げさだぞ、言えないな”という思いがありましたが、ちょうど3日前にツアーファイナル(ライブハウスツアー「VerSus Carnival」)で上原ひろみさんと10曲くらい一緒にやったんですけど、“これは平和につながっているな”と本当に思いました。37年やってても、心境って変わってくるんだなと。スカパラは、できたものを一方的に発信し続けるんじゃなくて、どんどん変わっていく。今回は、そんな僕らをいろんな人たちが光を当ててくれた」。
「平和」という絵を「NO BORDER」な活動で描いていく
挨拶の後、5人は本サイト特別のインタビューに応じてくれた。
これまでの人生や、音楽活動の中で感銘を受けたアートについて聞くと、「歌モノ3部作(※)のジャケットを守矢努さんが手掛けてくれましたが、そのアートワークはかっこよくて印象に残っています。タイトルと歌詞で、世界観を創り上げてくれた」(谷中)と、バンドの転機にもなった作品を挙げる。
※「めくれたオレンジ」(feat. 田島貴男/2001年)「カナリヤ鳴く空」(feat. チバユウスケ/2001年)「美しく燃える森」(feat. 奥田民生/2002年)の3曲を指す。
大森は、「人生の中でということなら、僕は岡本太郎さん。フィギュアとか造形物が大好きなんですけど、太陽の塔は集めてます」と、岡本太郎愛を語ってくれた。「1970年の大阪万博も行ってるんですけど、当時5歳だから記憶はほとんどなくて。でもその時買ってもらった太陽の塔の本をずっと大事に読んでいて、それからずっと好きです」。大森は彫刻家・造形作家の大森達郎を父に持つ。小さい頃からアトリエで遊んでいた環境は、造形作品への興味を大いに育ませたのだろう、ギャラリーツアー中も大野修の彫刻作品に対し、人一倍関心を寄せているように見受けられた。
最後に「NO BORDER」を体現するために心がけていることを聞いた。
谷中は「今回、“NO BORDER”+“平和”が切り口になっていますが、その“平和”というビジョンをずっと見せるための努力がある。見せ方がずっと同じだと飽きてしまう(飽きられてしまう)ので、その「美しい平和」という同じ絵を見せ続けるために、“NO BORDER”な活動を通じて描いていくことが大事」と話す。
「デビュー当時から“オーバーグラウンド”も“アンダーグランド”も関係なくやりたいと常に言っていた。“日本”でも“海外”でもやりたいし、僕らはストリートから始まってますが、ホールだけじゃなく、外でも演奏したりしてきた」(谷中)と話す姿勢からは、安易な二項対立で「どちらが良い/悪い」という議論を越えようとする意志が感じられた。
「『Paradise Has NO BORDER』という曲ができたのはずいぶん後ですけど、最初から“NO BORDER”の精神はずっとある」(谷中)と言うように、スカパラは自分たちの音楽を届ける場所を決めつけない。どれだけ大きなステージでも、逆にどれだけ小さな場所でも、彼らはいつもステージの端から端まで駆け回り、誰も置いていかず、音楽という「パラダイス」を届ける。

そう思うと、「Paradise Has NO BORDERの星座」で、彼らの活動を同心円状に広がる円形で示したことは、ボーダーを引かない彼らの姿勢に相応しい表現であることに気づく。彼らが前を進み続ける限り、このパラダイスの円は広がり、たくさんの星(=「NO BORDER」の瞬間)は増え続けていく。これからも、さまざまな人とのコラボレーションや出会いを通じて、多彩な星が生まれることだろう。この星図が満天の星で輝く日が来るまで、スカパラは走り続けていく。
参考:イギリスの2トーン・スカについては下記を参照。
佐藤守弘「ルーディたちのスタイルとデザイン——2トーンと視覚文化」
(第1回:UKブラックの系譜)https://www.ameet.jp/column/4018/
(第2回:日常のポリティクス)https://www.ameet.jp/column/4080/
(第3回:ジェリー・ダマーズのデザイン)https://www.ameet.jp/column/4136/