規格外の大型アートの競演。
アートバーゼル名物「Unlimited(アンリミテッド)」
アートフェアから始まる、都市とアートの旅へ|ART BASEL(BASEL)Vol.2

構成・文:藤野淑恵
2026年6月、スイスのバーゼルで開催されたアートバーゼル 2026。前回【Vol.01】に続き、第2回は、規格外の大型アートの展示セクションを紹介する。
バーゼルバーゼルでお馴染みの光景のひとつが、一般公開日の「Unlimited(アンリミテッド)」のエントランスに連なる長蛇の列だ。アートフェアのセクションというよりも独立した展覧会のような規模感があり、「Unlimited は毎年欠かさず見る」というアートファンも少なくない。通常のギャラリーブースでは展示できない大型作品やインスタレーション、映像作品を紹介するこのセクションは、2000年の創設以来、アートバーゼルを象徴する存在となっている。
アートバーゼル(バーゼル)2026 Vol.2 INDEX
バーゼルバーゼルを象徴する「Unlimited(アンリミテッド)」
クリス・バーデン(Chris Burden)|Gagosian(ガゴシアン)
今井麗|Nonaka-Hill, Xavier Hufkens, Karma,(ノナカ・ヒル、グザヴィエ・ハフケンス、カルマ)
平子雄一|Gallery Baton(ギャラリー・バトン)
ジョン・アームレダー(John Armleder)|MASSIMODECARLO(マッシモデカルロ)
シアスター・ゲイツ(Theaster Gates)|White Cube(ホワイト・キューブ)
三輪美津子|SCAI THE BATHHOUSE、Galerie Greta Meert(ガレリー・グレタ・メール)
沖潤子|KOSAKU KANECHIKA
バーゼルバーゼルを象徴する「Unlimited(アンリミテッド)」
「これがアートフェア?」――Unlimited の展示空間に初めて足を踏み入れたときに率直にそう感じた。現代美術館の巨大な展示室に迷い込んだような錯覚を覚えるが、美術館と決定的に違う点は、ここに並ぶ作品は、すべてギャラリーによって出展された、購入できる作品であるということ。個人コレクターだけでなく、世界の主要美術館や財団、企業コレクションも、この会場で未来のコレクションとなる作品を選ぶ。作品を「観る場所」「販売する場所」であると同時に、「収蔵先が決まる場所」でもある。この3つが自然に共存している空間は、バーゼルバーゼルならではといえる。
今年、Unlimited のキュレーションを初めて担当したのは、ニューヨーク・クイーンズにある現代美術施設、MoMA PS1のチーフ・キュレーター兼キュレーター・アフェアーズ・ディレクター、ルバ・カトリブ。彼女はこのセクションに、スケールの大きさに頼らない視点を持ち込んだ。「Unlimited は、他の場では実現しがたいスケールと野心で作品と向き合える、唯一無二のプラットフォーム」と語るカトリブのもと、戦後から現在に至る59のプロジェクトが、政治的・社会的・環境的問題に向き合う作家たちの実践を軸に組み上げられた。大作が威圧感だけで語られるのではなく、それぞれの作品が抱える問いを観る者の身体で感じとれるような展示を目指したという意図は、会場の入口に立った瞬間から伝わってきた。
クリス・バーデン(Chris Burden)|Gagosian(ガゴシアン)

Unlimited の入口で来場者を迎えていたのは、ニューヨークを拠点とするメガギャラリー、ガゴシアン(Gagosian)から出展されたアメリカのコンセプチュアル・アーティスト、クリス・バーデン(1946〜2015年)の《L.A.P.D. Uniforms》。高さ2メートルを超える、等身大よりも大きな警察官の制服が10人分ずらりと横一列に並ぶ。会場へ足を踏み入れた瞬間、その威圧的な存在感に思わず立ち止まってしまう。1992年のロサンゼルス暴動のきっかけとなったロドニー・キング事件を背景に制作されたこの作品は、30年以上を経た現在も批評性を失っていない。分断と暴力が世界各地で続く2026年に、この作品から Unlimited が始まることに、強い意味を感じずにはいられない。
日常の光景と、人間と自然の境界で
今井麗|ノナカ・ヒル(Nonaka-Hill )、グザヴィエ・ハフケンス(Xavier Hufkens)、カルマ(Karma)

遠くからでもまるで光を放っているかのように目に飛び込んできたのが、高さ約2.6メートル、幅約5.8メートルの巨大な画面に広がる何気ない日常の光景。ロサンゼルスのノナカ・ヒル(Nonaka-Hill)、ブリュッセルのグザヴィエ・ハフケンス(Xavier Hufkens)、ニューヨークのカルマ(Karma)の3ギャラリーが共同出展した、今井麗(いまいうらら、1982年神奈川県生まれ)による新作三連画《STUDIO》(2026年)だ。本棚には志賀直哉や中原中也の全集が並び、チューバッカやダース・ベイダーのフィギュア、「ピーナッツ」のチャーリー・ブラウンとルーシー、万国旗のローブをまとったテディベア、水槽、観葉植物、窓の外へ続く緑など、作家が家族と暮らし、制作を続ける空間の日常が、そのまま描かれている。同じ時代を生きる者として、懐かしさと親しみ、そして言いようのない愛おしさがこみ上げてくる光景だった。
遠くから眺めると写実的に見えるが、一歩近づくと、大胆なストロークによって描かれていることに気づく。今井は下描きをほとんど用いず、対象が持つ特徴やその瞬間の印象を一気に画面へ定着させるという。自身の原点ともいえる場所という日常のなかのモチーフを自伝のように作品へ昇華させる今井の作品は、サンフランシスコ近代美術館、ロサンゼルス・カウンティ美術館、ダラス美術館、ハイ美術館(アトランタ)、国立国際美術館(大阪)などの主要美術館にもコレクションされている。戦争や分断、社会的なテーマを扱う作品が多く並ぶ今年の Unlimited だからこそ、この何気ない日常の温もりが、見るものの心に触れる。
平子雄一|Gallery Baton(ギャラリー・バトン)

ソウルを拠点とするギャラリーバトン(Gallery Baton)から出展された平子雄一の《Tree, Forest, Mountain》(2025年)では、人の身体に針葉樹の頭部を持つ「樹木人間」304体が台座を埋め尽くすように並ぶ。どこかユーモラスでありながら圧倒的でもあるその群像は、人間が自然を眺めるのではなく、自然が人間を静かに見返しているような感覚をもたらす。身体と樹木のどちらかを選ぶのではなく、その境界に新しい共有の形を見出す——長年にわたって人体と風景の境界を探ってきた平子の実践が、静かな共同体として結晶したインスタレーションだ。環境問題や共生を声高に語ることなく、その場に立つだけで作品の世界へ引き込まれていく。会期後、本作はオランダ・ワッセナールのフォールリンデン美術館(Museum Voorlinden)のコレクションに加わることが発表された。
ジョン・アームレダー(John Armleder)|MASSIMODECARLO(マッシモデカルロ)

社会的・政治的なテーマを帯びた作品が多く並ぶなかで、芸術性そのものの探究として際立っていたのが、ミラノ、ロンドン、パリに拠点を置くマッシモデカルロ(MASSIMODECARLO)が出展したジョン・アームレダー(John Armleder)の新作《Lash》(2026年)だ。1970年代から活動を続けるスイスを代表するアームレダーは、絵画と彫刻、オブジェクトと空間の境界を戯れるように曖昧にしながら、アートの定義そのものを問い続けてきた。ニューヨーク近代美術館(MoMA)やポンピドゥー・センターをはじめ世界の主要美術館にコレクションされており、国際的なアートシーンで長年にわたり影響力を持つ作家だ。
今回 Unlimited で発表された《Lash》は、15枚の巨大なキャンバスが連なり、空間全体を没入型のカラーランドスケープへと変えるもの。絵の具やグリッターをキャンバスに直接投げつけ、流し込み、滴らせる——重力と化学反応と偶然が結晶化したその表面の前に立つと、アームレダーがスタジオで繰り広げた制作のダイナミズムがそのまま迫ってくる。Galleries セクションのブースにも同シリーズの作品が並んでいたが、空間ごと作品に飲み込まれるような体験は Unlimited ならではだった。
国境を越えて響く記憶と祈り
シアスター・ゲイツ(Theaster Gates)|White Cube(ホワイト・キューブ)

ロンドンを拠点とするギャラリー、ホワイト・キューブ(White Cube)から出展されたシカゴを拠点とするアメリカのアーティスト、シアスター・ゲイツ(Theaster Gates、1973年生まれ)の《A libation in Uncertain Times》(2024年)だった。高さ4.5メートル、幅約11メートルの巨大な木製の棚に約1,000本の「貧乏徳利」が整然と並ぶ。滋賀・信楽の陶芸家・谷瓊(タニ・キュー)との協働によって収集されたその器が、西洋アート市場の真ん中で整列する。棚に組み込まれたソニー製のヴィンテージのブラウン管モニターでは、三味線奏者がゲイツ率いる「Black Monks」のブルースや黒人霊歌を三味線で再解釈する映像作品《Shamisen for Malcolm X》(2025年)が上映されており、届く音と旋律が交差するなか、日本とブラック・カルチャーの歴史が共鳴し合う。2024年に森美術館で開催されたアジア最大規模の個展「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」が記憶に新しいが、日本の民藝とアフリカ系アメリカ人の文化的歴史を接続するその実践の核心が、1,000本の貧乏徳利となってバーゼルに持ち込まれていた。
三輪美津子|SCAI THE BATHHOUSE、Galerie Greta Meert(ガレリー・グレタ・メール)

SCAI THE BATHHOUSEとベルギーのガレリー・グレタ・メール(Galerie Greta Meert)の共同出展で発表された三輪美津子(みわ みつこ)の《Mexico City》(1996年)は、1996〜97年にかけて制作された連作「未来都市の発掘(Excavation of a Future City)」の中の作品。縦4m、横3mの2枚の大型布作品が対をなして展示された。砂と顔料を撒いた布の上を作家自身の足で歩いて描かれたこの作品は、遠くから眺めると都市の地形のようなイメージがあったが、近づくと頭のないトルソが印刷されたテキスタイルがベースになっていることがわかる。
1980年代から活動を続ける三輪は、「描くこと」と「空間を構成すること」を密接に結びつけながら、絵画というメディアの本質を問い続けてきた作家だ。二次元の平面と三次元の空間のギャップに着目し、見る者に「今自分がどこに立って、何を見ているのか」を再認識させる知的な驚きを生み出す。発表のたびに同一人物とは思えないほど大胆に作風を変化させることで知られる画家だが、本作もまたこれまで見たどの三輪作品とも異なる表情を持っていた。
沖潤子|KOSAKU KANECHIKA

昨年のバーゼルバーゼルでは、KOSAKU KANECHIKAにとって初出展となった「Premiere(プルミエール)」セクターで個展を開催した沖潤子は、2026年は Unlimited へと場を移した。刺繍を主な表現媒体に、生命の痕跡や集合的記憶を作品に刻み込む《anthology》の、約17万本の使い終えた針が瀬戸の粘土の塊に刺さった彫刻群は、使い終えた針を豆腐などの柔らかいものに刺して供養する日本の伝統行事「針供養」を想起させる。
会場には来場者が赤い糸で自由に刺繍を施すことができる長い布が用意されていた。これは第二次世界大戦中、女性たちが出征する兵士の無事な帰還を願って一針ずつ縫い進めた「千人針」へのオマージュだ。戦争末期には、帰ってきてほしいという祈りそのものが戦争遂行の精神に反するとみなされ、この慣習は禁じられた。沖の刺繍の原点は、裁縫教室を営んでいた母が遺した素材にある。物資の乏しかった戦中、沖の祖母は下着や夫のズボンをつなぎ合わせ、白糸で細かく縫い上げた制服を母のために仕立てたという。生き延びるための手段として、祈りとして、忍耐の表れとして —— 女性たちが針仕事に込めてきた個人的・集合的な歴史の上に、この作品は立っている。祈ることすら許されなかった歴史を沖は静かに掘り起こし、その場を訪れた人々に委ねる。国籍も宗教も異なる人々がバーゼルの地で一針ずつ赤い糸を通す光景は、現代の千人針そのものだった。

Unlimited を歩いて印象に残ったのは、キュレーターのルバ・カトリブが2026年というこの時代を強く意識して選んだ作品群が、制作年代を問わず、それぞれの方法で今という瞬間に鋭く響いていたことだった。制作年の異なる作品が同じ空間に並びながら、すべてが2026年の問いに答えているように見えた。平子雄一の「樹木人間」304体がオランダへ旅立ったように、出展作品の多くは会期後、世界中の美術館や財団、企業コレクション、あるいは個人コレクションへと迎えられていく。Unlimited は、美術館のように作品を鑑賞する場所でありながら、未来のコレクションが生まれる場所でもある。
バーゼルバーゼルの会場を出ると、アートの街バーゼルがもう一つの顔を見せる。バイエラー財団、バーゼル市立美術館、シャウラガー美術館、そしてドイツとの国境を越えたヴィトラ・キャンパスまで — 続く後編では、バーゼルとその周辺のアート機関と展覧会を紹介する。