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FEATURE

バーゼルで花開いた日本の戦後美術史
アートバーゼル(バーゼル)2026

アートフェアから始まる、都市とアートの旅へ|Art Basel in Basel【Vol.01】

アートフェア

アートバーゼル(バーゼル)2026の美術史的な再評価に特化したFeatureセクターに出展したKOTARO NUKAGAのブースより。芥川(間所)紗織の個展の展示風景。初期油彩から染色の実験作から抽象へと至る作家の画業を紹介した。Courtesy of Art Basel
アートバーゼル(バーゼル)2026の美術史的な再評価に特化したFeatureセクターに出展したKOTARO NUKAGAのブースより。芥川(間所)紗織の個展の展示風景。初期油彩から染色の実験作から抽象へと至る作家の画業を紹介した。Courtesy of Art Basel

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構成・文:藤野淑恵

2026年6月、スイスのバーゼルで開催されたアートバーゼル 2026。世界最高峰と称されるこのアートフェアは、5大陸から280以上の主要ギャラリーと4,000以上のアート作品が集結する、現代アートの一大プラットフォームだ。会期中はバーゼル市内とその周辺でも数多くの質の高い展覧会が同時開催され、フェアの枠を超えて街全体がアートに染まるアートウィークが繰り広げられる。フェアの内外で出会ったアート体験を、全3回にわたってお届けする。

アートバーゼル(バーゼル)2026 【Vol.01】INDEX

アートバーゼルとは 
美術史とマーケットが交差する場所 
Hauser & Wirth|ハウザー&ワース
Pace Gallery|ペース・ギャラリー
Gray Gallery|グレイ
Thaddaeus Ropac|タデウス・ロパック
Yares Art|イアレス・アート
日本のギャラリーが世界へ伝えるアーティストの力
Taka Ishii Gallery|タカ・イシイギャラリー
Take Ninagawa|タケ・ニナガワ
日本の戦後作家の再評価の波がバーゼルに 
KOTARO NUKAGA|コウタロウ・ヌカガ
Tokyo Gallery + BTAP|東京画廊+BTAP
日本の戦後美術史の一頁をバーゼルで 
SCAI THE BATHHOUSE|スカイ・ザ・バスハウス
The Third Gallery Aya|ザ サード ギャラリー アヤ
KOSAKU KANECHIKA|コウサク・カネチカ

「ヴェネチアで見て、バーゼルで買う」

現代アートの世界でよく耳にするフレーズがある。「ヴェネチアで見て、バーゼルで買う」――1895年に始まり、世界最古の国際美術展として知られるヴェネチア・ビエンナーレは2年に一度、5月に開幕する。各国がパビリオンを設けてアーティストを送り込み、キュレーターがテーマを掲げて新しい表現を世界へ問うこの芸術祭は、会期が11月まで続く。そのため6月にアートバーゼルを訪れるコレクターの多くが、バーゼルと合わせてヴェネチアにも立ち寄る。ビエンナーレで新しい表現と出会い、そのままバーゼルへ向かう――この2都市を結ぶ旅が、現代アートの世界では一つの季節の風物詩になっている。ここでいうアートバーゼルとは、スイスのバーゼルで毎年6月に開かれるアートフェアのこと。業界では他のエディションと区別するために「バーゼルバーゼル」とも呼ばれる。

アートフェスティバル(芸術祭)とアートフェア――役割は異なるが、この二つは現代アートを語るうえで切り離せない存在だ。ヴェネチア・ビエンナーレのような芸術祭では、キュレーターがテーマを掲げ、新しい表現や時代への問いを提示する。一方、アートバーゼルのような国際的なアートフェアでは、世界のトップ・ギャラリーが販売を前提に作品を展示する。ヴェネチア・ビエンナーレで展示された作品がそのままアートバーゼルに並ぶわけではないが、芸術祭で注目を集めた作家の作品は、ギャラリーを通じてアートバーゼルで出会えることが多い。そしてヴェネチア・ビエンナーレでの評価はアート・マーケットにも波及する——芸術祭で脚光を浴びた作家はコレクターの関心を集め、その作品を求める動きがアートバーゼルへと向かう。批評と市場は、思いのほか近い場所にある。

ライン川を渡り、ヘルツォーク&ド・ムーロンの名建築メッセプラッツへ

アートバーゼル バーゼル2026の会場、メッセプラッツ。ナイリー・バグラミアンによるメッセプラッツ全域にわたるサイトスペシフィックな委託作品が来場者を迎えた。Courtesy of Art Basel
アートバーゼル バーゼル2026の会場、メッセプラッツ。ナイリー・バグラミアンによるメッセプラッツ全域にわたるサイトスペシフィックな委託作品が来場者を迎えた。Courtesy of Art Basel

ヴェネチアからプライベートジェットでバーゼルを目指すトップコレクターたちの存在も知られるが、多くの来場者にとってバーゼルの玄関口はバーゼルSBB駅(スイス連邦鉄道)だ。スイス国内だけでなく、ドイツ、フランス、イタリアを結ぶ国際的なターミナル駅のホームを出ると、会期中の街はアート一色。駅前の停留所には、街の景色に溶け込むように黄色と緑のトラムが次々と発着する。バーゼル市立美術館も、バイエラー財団も、アートバーゼルの会場であるメッセプラッツも、バーゼルSBB駅からトラムでアクセスできる。

アートフェア情報|スイス・バーゼル
Art Basel in Basel 2026(アートバーゼル バーゼル 2026)
会期:2026年6月17日(火)〜21日(土)※一般公開:6月19日(木)〜21日(土)
会場:メッセ・バーゼル(Messe Basel)
住所:Messeplatz 10, 4058 Basel, Switzerland
https://www.artbasel.com/basel

銀色に輝くアートバーゼルの案内所の目の前にあるトラム乗り場から2番線に乗り込み、バーゼル市立美術館(Kunstmuseum Basel)、バーゼル劇場(Theater Basel)といったトラムの車窓に流れる街並みを眺め、やがてライン川を渡ると、15分ほどでメッセプラッツ(ドイツ語で「見本市広場」)の巨大な建築が姿を現す。波打つアルミニウムの外壁と、中央に大きな円形の開口部を持つ特徴的な屋根。この建物を設計したのは、バーゼル出身の建築家ユニット、ヘルツォーク&ド・ムーロンだ。ロンドンのテート・モダンや北京オリンピックのメインスタジアム「鳥の巣」でも知られる彼らの建築は、美術だけでなく建築の街でもあるバーゼルの象徴のひとつ。このメッセプラッツが、世界中からギャラリスト、コレクター、美術館関係者、アーティストが一堂に会するアートバーゼルの舞台だ。

ヘルツォーク&ド・ムーロンによる中央に大きな円形の開口部を持つ特徴的な建築。© Basel Tourismus / LezBroz2019
ヘルツォーク&ド・ムーロンによる中央に大きな円形の開口部を持つ特徴的な建築。© Basel Tourismus / LezBroz2019

世界最高峰のアートのネットワークになった「アートバーゼル」

「アートバーゼルがバーゼルを世界的なアート都市にした」と言われることがあるが、実際は、バーゼルという街が長い時間をかけて育んできた文化が、アートバーゼルを世界最高峰のアートフェアへ育てたと言う方が正しいだろう。その原点は1661年。日本はまだ江戸時代の初期、ヨーロッパではレンブラントがアムステルダムで活躍していた頃、バーゼル市は16世紀の人文学者ボニファキウス・アメルバッハが蒐集したアメルバッハ・コレクションを購入し、市民が共有する公共財産として保存する道を選んだ。これが現在のバーゼル市立美術館の礎となった。バーゼルとその周辺地域——ドイツのヴィトラ・デザイン・ミュージアムまで含むスイス、ドイツ、フランス3カ国の国境をまたがる文化圏——には、40近くの美術館が点在する。

アートバーゼル バーゼル2026、Parcours(パルクール:会期中にバーゼルの街中で展開されるパブリックアート・セクション)より。ステファニー・ヘスラーがキュレーションする旧市街を舞台としたパブリックアートプログラム。 Courtesy of Art Basel
アートバーゼル バーゼル2026、Parcours(パルクール:会期中にバーゼルの街中で展開されるパブリックアート・セクション)より。ステファニー・ヘスラーがキュレーションする旧市街を舞台としたパブリックアートプログラム。 Courtesy of Art Basel

1967年のピカソを巡るエピソードも世界中で知られている。国外へ売却される可能性があったピカソの《二人の兄弟》(1906年)と《座るアルルカン》(1923年)の2点を購入するため、市民投票によって公的資金の拠出が決まり、バーゼル市民がピカソ作品を守った。感銘を受けたピカソはその後、さらに4点の作品を市に寄贈している。芸術は一部の人だけのものではなく、市民みんなで未来へ受け継ぐもの――そんな考え方が、この街には自然に息づいている。

こうした文化の土壌の上に、1970年、3人のギャラリストによってアートバーゼルが誕生した。現在ではマイアミビーチ、香港、パリへと拠点が広がり、今年2月にはカタールでも初のエディションが開幕し、従来のブース形式を離れてギャラリーによるソロプレゼンテーションを軸とした新しいフェアの形を示した。6月のバーゼルバーゼル会期中には、2027年のアートバーゼル・カタールのアーティスティック・ディレクターに、イラク出身のキュレーター、ワッサン・アル=フダイリ(Wassan Al-Khudhairi)の就任も発表された。一方、2022年の創設時からアートバーゼルと提携してきたアートウィーク東京も、今年11月に開催される第5回の概要をバーゼルバーゼル会期中に発表。ここバーゼルで生まれた一つのフェアが、いま世界各地のアートシーンをつなぐネットワークとして機能している。

美術史とマーケットが交差する場所

43の国と地域から290のギャラリーが集まった2026年のバーゼルバーゼル(Art Basel in Basel)。チューリヒ、ニューヨーク、ロンドンなど世界各地に展開するメガギャラリー、ハウザー&ワース(Hauser & Wirth)がプレビュー初日の午後4時までにピカソ作品(3,500万ドル)を筆頭に35点を売却し、共同創業者のイワン・ワースが「過去最強の初日」と語るなど、2025年に比べ明らかに力強い滑り出しを見せた。アートフェアというと商業的な場を思い浮かべるかもしれないが、世界70カ国以上から270を超える美術館・財団の関係者がこの一週間のためにバーゼルへ集まるという事実が示す通り、アートバーゼルはマーケットである以上に、作品の評価が生まれ、美術史が動く場でもある。

Hauser & Wirth(ハウザー&ワース)

Galleries(ギャラリーズ:アートバーゼルのメインセクション。世界各国のギャラリーが作品を展示・販売するブースエリア)より、ハウザー&ワース(Hauser & Wirth)の展示風景。 Courtesy of Art Basel
Galleries(ギャラリーズ:アートバーゼルのメインセクション。世界各国のギャラリーが作品を展示・販売するブースエリア)より、ハウザー&ワース(Hauser & Wirth)の展示風景。 Courtesy of Art Basel

国際的なアートフェアでは、ひとつひとつのブースが小さな展覧会だ。グループ展、個展、二人展――限られた空間にどの作家を選び、どの作品を並べ、どんな文脈で見せるのか。その選択には、それぞれのギャラリーが考える美術史や時代への視点が凝縮されている。今年のアートバーゼルでは、新たな試み「バーゼル・エクスクルーシブ(Basel Exclusive)」が初めて導入された。事前のオンライン掲載や販売を一切行わず、VIPプレビューの初日に会場で初めて作品を公開するというこの取り組みは、デジタル上での事前取引が主流になる現在、「現地で作品と初めて対面する感動」を取り戻すための試みという。

Pace Gallery(ペースギャラリー)、Gray Gallery(グレイ)

グレイ(Gray Gallery)の展示風景より。デイヴィッド・ホックニーのユニーク作品。Courtesy of Art Basel
グレイ(Gray Gallery)の展示風景より。デイヴィッド・ホックニーのユニーク作品。Courtesy of Art Basel

このバーゼル・エクスクルーシブにメガギャラリーのペース(Pace Gallery)が出展したのが、デイヴィッド・ホックニーのiPadペインティングの連作だった。フェア開幕のわずか6日前、6月11日に88歳で逝去したホックニーの作品がVIPプレビューの初日に初公開されるというサプライズは、大きな反響を呼んだ。同じくホックニー作品を取り扱ったシカゴとニューヨークに拠点を持つアメリカの重鎮ギャラリー、グレイ(Gray Gallery)では、ロサンゼルスの自身のスタジオ内部を描いた大型油彩《Studio Interior #2》(2014年)が、850万ドルでアメリカの著名なプライベートコレクションへ即座に売却された。世界に1点しか存在しないキャンバス画であることもあり、VIPプレビューの開門と同時に収蔵先が決まったという。大物作家の訃報がそのままマーケットの動向を動かす——その事実が、アートバーゼルという場の特殊な性格を端的に示していた。

Thaddaeus Ropac(タデウス・ロパック)、Yares Art(イアレス・アート)

フランケンサーラー作品を出展したイアレス・アートの展示風景。Courtesy of Art Basel
フランケンサーラー作品を出展したイアレス・アートの展示風景。Courtesy of Art Basel

展覧会とマーケットの相関も見逃せない。ロンドン、パリ、ザルツブルク、ミラノ、ソウルに拠点を置くタデウス・ロパック(Thaddaeus Ropac)は、ヘレン・フランケンサーラーの1982年の作品《Sudden Wave》を約300万ドルで売却。ニューヨークとサンタフェを拠点にカラー・フィールド・ペインティングや抽象表現主義を専門とするイアレス・アート(Yares Art)もフランケンサーラー作品を出展し、バーゼル市立美術館の大規模回顧展と呼応するように会場を彩った。美術館での再評価がギャラリーブースでの需要に直結する——それがアートバーゼルという場の構造だ。

日本のギャラリーが世界へ伝えるアーティストの力

Taka Ishii Gallery(タカ・イシイギャラリー)

Taka Ishii GalleryからBasel Exclusiveとして出展された内藤礼の作品。© Rei Naito, Courtesy of Taka Ishii Gallery
Photo: Kenji Takahashi
Taka Ishii GalleryからBasel Exclusiveとして出展された内藤礼の作品。© Rei Naito, Courtesy of Taka Ishii Gallery
Photo: Kenji Takahashi

世界中のコレクター、美術館関係者、キュレーターが「いま何を見るべきか」を求めて歩くバーゼルバーゼルで、今年とりわけ印象に残ったのは、これまで十分に語られてこなかった日本の作家たちが、世界最高峰のアートフェアという舞台で確かな存在感を放っていたことだ。今年のバーゼルバーゼルには、日本から7つのギャラリーが出展した。メインセクションのGalleries(ギャラリーズ)にTaka Ishii Gallery、Take Ninagawa、The Third Gallery Aya、東京画廊+BTAP。美術史的な再評価に特化したFeature(フィーチャー)にKOTARO NUKAGAとSCAI THE BATHHOUSE。若いギャラリーが一作家のソロプレゼンテーションのみを行うStatements(ステートメンツ)にKOSAKU KANECHIKAが参加した。

Taka Ishii Galleryのブースには、もの派を代表する菅木志雄、戦後日本写真史に革命をもたらした中平卓馬、河口龍夫、内藤礼ら日本の戦後美術を牽引してきた作家から、スターリング・ルビー、レオノール・アントゥネス、セル・セルパスなど国際的な作家まで、同ギャラリーならではの幅広いプログラムが展開された。なかでも象徴的だったのが、今年のヴェネチア・ビエンナーレ日本館で「草の赤ちゃん、月の赤ちゃん」を発表した荒川ナッシュ医の作品。ヴェネチアで注目を集めたばかりの作家がバーゼルのブースに登場することは、「ヴェネチアで見て、バーゼルで買う」を体現するものだ。さらにバーゼル・エクスクルーシブの枠では内藤礼の作品が会場で初公開され、現地でしか生まれ得ない出会いを演出していた。

Take Ninagawa(タケニナガワ)

Take NinagawaからBasel Exclusiveとして出展された大竹伸朗の「スクラップブック」シリーズ。© Shinro Ohtake. Courtesy Take Ninagawa, Tokyo.
Take NinagawaからBasel Exclusiveとして出展された大竹伸朗の「スクラップブック」シリーズ。© Shinro Ohtake. Courtesy Take Ninagawa, Tokyo.

Take Ninagawaは、2027年にサーペンタイン・ギャラリー(ロンドン)とクンストハレ・チューリッヒでの個展を控える詩人・吉増剛造の新作「新怪物君」、グッゲンハイム美術館のポップアート展にも参加する大竹伸朗の「スクラップブック」シリーズとともに、ニューヨークで活動した宮本和子(1942年生まれ)の1970年代の「ストリング・コンストラクション(糸の構造体)」を紹介。歴史の発掘と現在進行形の国際的評価を、一つのブースに凝縮していた。

日本の戦後作家の再評価の波がバーゼルに

KOTARO NUKAGA

Featureセクターに出展したKOTARO NUKAGAのブースより、芥川(間所)紗織の個展の展示風景。Courtesy of KOTARO NUKAGA
Featureセクターに出展したKOTARO NUKAGAのブースより、芥川(間所)紗織の個展の展示風景。Courtesy of KOTARO NUKAGA

今回バーゼルバーゼルに初出展を果たした東京を拠点とするギャラリー、KOTARO NUKAGAが美術史的な再評価を目的とするFeatureセクションに選んだのは、芥川(間所)紗織の個展だ。1950〜60年代、男性中心だった前衛美術のなかで、神話や女性像を鮮やかな色彩と大胆な線で描き続けた芥川。初期の油彩から染色による実験的な作品、そして晩年の抽象へと至る展示は、日本の戦後美術の一つの流れを世界へ提示する構成になっていた。

東京画廊+BTAP

東京画廊+BTAPのブースより、江見絹子(左)と宮脇愛子(右)の作品。戦後日本を代表する女性作家の実践はヨーロッパのコレクターの注目を集めた。Courtesy of Tokyo Gallery + BTAP
東京画廊+BTAPのブースより、江見絹子(左)と宮脇愛子(右)の作品。戦後日本を代表する女性作家の実践はヨーロッパのコレクターの注目を集めた。Courtesy of Tokyo Gallery + BTAP

1950年の設立以来、日本の現代アートをアジアと世界へ紹介し続けてきた東京画廊+BTAPでは、1954年に大阪で結成された戦後日本を代表する前衛美術グループ「具体美術協会」のメンバー・田中敦子、そして戦後、抽象を切り拓いた江見絹子、彫刻家の宮脇愛子らが紹介されていた。江見絹子の作品は3月に開催されたアートバーゼル香港でも出展されたが、ここバーゼルでは香港に来場したアジアのコレクターからよりも圧倒的に高い関心が寄せられたという。アートバーゼルと言っても、バーゼルと世界各都市とでは集まるコレクターの顔ぶれも関心の方向も大きく異なる——そのことをあらためて実感させられるエピソードだ。

今回、日本のギャラリーから出展されていた芥川、田中、江見、宮脇らの作家たちは、2025年秋から2026年春にかけて豊田市美術館、東京国立近代美術館、兵庫県立美術館を巡回した「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」展で取り上げられた作家たちでもある。同展は、男性的な「アクション」や前衛神話によって構成されてきた戦後日本美術の語り方を問い直し、女性作家たちの実践を新たな視座から照らし出した展覧会として、国内外で高く評価されてきた。

美術館で見た作家の作品が、アートバーゼルの会場では異なる印象を受けることがある。美術史の中の「再評価されるべき作家」として受け止めていた作品が、世界中のギャラリスト、キュレーター、美術館関係者、コレクターが行き交う会場に置かれた瞬間、「いま世界へ紹介すべき美術」として立ち上がる。

2026年秋、ルクセンブルクのムダム現代美術館(Mudam Luxembourg)で開幕する『Kaihō: Japanese Women Artists after 1945』は、ムダム、ミュンヘンのレンバッハハウス美術館、グッゲンハイム・ビルバオが共同で企画する戦後日本の女性美術家を紹介する大規模巡回展だ。展覧会の序章として、芥川(間所)紗織の「女」シリーズ(1955年)から、東京国立近代美術館が所蔵する《女(Ⅰ)》が展示される。田中敦子や草間彌生をはじめ、「アンチ・アクション」展とも重なる作家が、これからヨーロッパでさらに広く紹介されていく。バーゼルバーゼルでの展示は、その大きな流れの一端を担うものとなった。

展覧会情報|ルクセンブルク
『Kaihō: Japanese Women Artists after 1945』
会期:2026年9月25日–2027年2月14日
開催美術館:ムダム現代美術館
Mudam Luxembourg – Musée d'Art Moderne Grand-Duc Jean
住所:3, Park Dräi Eechelen L-1499 Luxembourg-Kirchberg
https://www.mudam.com/whats-on/exhibitions/japanese-women-artists-after-1945

日本の戦後美術史の一頁をバーゼルで

SCAI THE BATHHOUSE

SCAI THE BATHHOUSEはFeatureセクターで「ハイ・レッド・センター」を展示。赤瀬川原平、高松次郎、中西夏之の1960年代の作品が並ぶ。Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE
SCAI THE BATHHOUSEはFeatureセクターで「ハイ・レッド・センター」を展示。赤瀬川原平、高松次郎、中西夏之の1960年代の作品が並ぶ。Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

10年ぶりにバーゼルバーゼルへ出展したSCAI THE BATHHOUSEがFeatureセクターに選んだのは、「ハイ・レッド・センター」の展示だった。ハイ・レッド・センターとは、1963年に高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之の3作家が結成した東京の前衛芸術グループ。3人の名前の頭文字を英訳してHi Red Centerと名付けられた。高松次郎の《Net of Wood》(1969年)では、木材と綿糸が幾何学的な網目を構成し、空間そのものを素材として扱う作家の問いかけが示された作品。3作家はそれぞれこれまでもヨーロッパで紹介される機会があったが、ハイ・レッド・センターとしての展示は今回が初めてという。高松次郎は取り扱いギャラリーが異なるため、国内においても3人を揃えて展示する機会が限られる。10年ぶりのバーゼルバーゼルで日本の戦後美術史における重要な一章を提示することを選んだ姿勢に、同ギャラリーの強い意志を感じる。また、Unlimitedセクションでは三輪美津子の作品が出展された。

The Third Gallery Aya(ザ サード ギャラリー アヤ)

The Third Gallery Aya は瑛九、天野龍一、岩宮武二による「デモクラート美術家協会」を軸にメインセクションに出展した。Courtesy of The Third Gallery Aya
The Third Gallery Aya は瑛九、天野龍一、岩宮武二による「デモクラート美術家協会」を軸にメインセクションに出展した。
Courtesy of The Third Gallery Aya

2024年にバーゼルバーゼルのFeatureセクションに初出展し、翌2025年にはメインセクション「Galleries」へ、そして今年は3年連続の出展を果たしたのが、大阪を拠点とするThe Third Gallery Aya。1996年の設立以来、日本の写真表現を中心に紹介し続けるギャラリーだ。2024年は瑛九によるフォト・デッサン、2025年は山沢栄子、岡上淑子、石内都という3人の女性写真家を展示。今年は瑛九、天野龍一、岩宮武二の3人にフォーカスし、大阪発祥の前衛美術家集団「デモクラート美術家協会」(1952年結成)を通じて戦後日本の写真表現を紹介した。デモクラートは写真・絵画・版画を横断した実践で既存の芸術の定義に挑んだ、1950年代のアジアで最も先進的な前衛集団の一つだ。瑛九がフォト・デッサンという手法で写真と絵画の境界を越えた実験を行ったように、この3人の実践は「写真史」と「前衛芸術史」の両方に属している。3年間の展示を振り返ると、一人の作家や一つの作品ではなく、日本の写真史そのものを少しずつ世界へ紹介していこうという同ギャラリーの一貫した姿勢が見えてくる。

KOSAKU KANECHIKA(コウサク カネチカ)

KOSAKU KANECHIKAはStatementsセクションで佐藤允の個展を開催。Courtesy of KOSAKU KANECHIKA  Photo by Julian Blum
KOSAKU KANECHIKAはStatementsセクションで佐藤允の個展を開催。Courtesy of KOSAKU KANECHIKA Photo by Julian Blum

日本のギャラリーが戦後美術史の深さをもってバーゼルへ臨むなか、昨年バーゼルバーゼルに初出展したKOSAKU KANECHIKAは、異なる角度から臨んだ。Statements(ステートメンツ:創設15年未満の若いギャラリーが一作家のソロプレゼンテーションのみを行う、2000年創設のセクター)に出展したのは、佐藤允(あたる)。壁に2か所、開口部を設けた箱型の空間に約40点の絵画とドローイングを密度高く並べた。紅潮した肌、鋭い眼差し——佐藤の絵画の実践は、歴史の掘り起こしではなく、今この瞬間の表現を世界へ問うものだった。ブリュッセルやパリですでに知名度を持つ佐藤のプレゼンテーションは、国際的なアートマーケットプラットフォーム「Artsy」のベストブースにも選出され、対面・オンラインの両方から多くの問い合わせが寄せられたという。約50点の作品群は既存のコレクターと新規、欧米とアジアを問わず幅広い層から支持を得た。歴史を語るのではなく、今この表現を世界へ問う——そのアプローチがバーゼルという場で確かな手応えを生んだ。

戦後美術史の「深さ」を語るギャラリーもあれば、今この瞬間の表現を問うギャラリーもある。その多様さは、日本のアートシーンの奥行きを示していた。ヨーロッパでも日本の戦後美術への関心が着実に高まる現在、バーゼルバーゼルでの日本のギャラリーの存在感はその流れと確かに呼応していた。

続く【Vol.02】では、大型インスタレーション、彫刻、映像など、通常のブースには収まらない作品だけが集まる特別なセクション、Unlimitedで出会った作品を紹介する。

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