美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ - 日本全国323の美術館・博物館と750の開催中&開催予定の展覧会をご紹介中!

FEATURE

「悪」がいるから芝居は面白い
――浮世絵に描かれた歌舞伎の“悪役“たち

「2026展示III KABUKI悪役づくし」が、逸翁美術館にて2026年8月30日(日)まで開催中

展覧会レポート

《仮名手本忠臣蔵》 三世豊国画 大判錦絵三枚続 嘉永5年(1852)10月 見立 
(左より)二世関三十郎(桃井若狭之助)、五世松本幸四郎(高武蔵守師直)、六世岩井半四郎(かほよ御ぜん)
《仮名手本忠臣蔵》 三世豊国画 大判錦絵三枚続 嘉永5年(1852)10月 見立
(左より)二世関三十郎(桃井若狭之助)、五世松本幸四郎(高武蔵守師直)、六世岩井半四郎(かほよ御ぜん)

展覧会レポート 一覧に戻るFEATURE一覧に戻る

文学や芝居の世界には魅力ある「悪人」が多く登場する。江戸時代の歌舞伎においても悪役は、物語を盛り上げ、そして役者の工夫によって時には主役級の存在感を放ち、観客を魅了してきた。

大阪・池田にある逸翁美術館で開幕した「2026展示III KABUKI悪役づくし」では、美術館が所蔵する浮世絵から、歌舞伎に登場する「悪役」を紹介する。『仮名手本忠臣蔵』の高師直など有名な悪役をはじめ、バリエーション豊かな悪役たちがズラリと揃う。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「2026展示III KABUKI悪役づくし」
開催美術館:逸翁美術館
開催期間:2026年7月4日(土)〜8月30日(日)

「実悪」「国崩し」「色悪」―主役級の「悪」

一口に悪役といっても歌舞伎では様々なタイプが存在する。それらの役柄は「実悪」「国崩し」「色悪」などの呼び名がついており、本展ではそうした役柄のタイプ別に「悪役」を紹介している。

敵役の中でも格が高く首謀者であり実行犯である「実悪(じつあく)」の代表格は、『仮名手本忠臣蔵』の高師直(こうのもろのお)。元禄時代に起きた赤穂事件を題材にした物語で、歌舞伎の「敵討ち」と聞いてまず思い浮かべる悪役だろう。上の写真(メイン画像)の浮世絵では、「鼻高幸四郎」とあだ名された五世松本幸四郎演じる高師直が中央に描かれている。役者の顔を真正面から捉える構図は役者絵としては珍しいが、それにより高師直の傲慢で威圧的な雰囲気が画面全体に満ちており、両サイドに、その師直に翻弄される若狭之介、顔世御前が並び、物語の発端となる「大序」の場面を見事に表現している。

「国崩し」と呼ばれる役は、実悪の中でも、特に謀反や御家騒動で乗っ取りを企む首謀者の役柄を指す。『祇園祭礼信仰記』の松永大膳、『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』(伊達騒動物)の悪役・仁木弾正(にっきだんじょう)などがこれに当たり、「大膳」「弾正」という名前は「国崩し」の役の名前の定番となっている。下の作品で、左の裃姿で巻物をくわえているのが弾正。弾正は鼠に姿を変えることができる妖術を使う。「床下」と呼ばれる場面では、弾正が鼠に化けて悪巧みの証拠となる一巻を奪い、悠然と立ち去る。実際の舞台では、花道のスッポン(花道に設けられたせり上がりの仕掛け)から現れた弾正が、蝋燭の灯りの中で悠然と花道を立ち去るのが印象的な作品だ。

《伊達競陽向曽我》 初世国貞画 大判錦絵三枚続 天保10年(1839)1月 河原崎座 
(左より)五世市川團蔵(仁木弾正)、五世市川海老蔵(あら獅子男之助)、五世市川團蔵(局政岡)
弾正は、燕が羽を広げたように横へ張り出した「燕手(えんで)」と呼ばれる特徴的な鬘が用いられる。
《伊達競陽向曽我》 初世国貞画 大判錦絵三枚続 天保10年(1839)1月 河原崎座
(左より)五世市川團蔵(仁木弾正)、五世市川海老蔵(あら獅子男之助)、五世市川團蔵(局政岡)
弾正は、燕が羽を広げたように横へ張り出した「燕手(えんで)」と呼ばれる特徴的な鬘が用いられる。

色白の二枚目だけれども残忍・冷酷――そんな「悪の華」と言うべき役柄は「色悪(いろあく)」と呼ばれる。『東海道四谷怪談』の民谷伊右衛門、『色彩間刈豆(いろもようちょっとかりまめ)』の与右衛門がその代表格。下の作品は『東海道四谷怪談』の「戸板返し」と呼ばれる有名な場面。板に張り付けられたお岩の死骸を持つ右側の男が「色悪」の伊右衛門。「首が飛んでも動いてみせるわ」という台詞は、伊右衛門の根っからの「悪人」ぶりを端的に表現する名台詞だ。

《東海道四谷怪談》 国芳画 大判錦絵二枚続 天保2年(1831)8月 市村座 
(左より)三世尾上菊五郎(お岩ぼふこん・与茂七)、二世関三十郎(伊右衛門)
《東海道四谷怪談》 国芳画 大判錦絵二枚続 天保2年(1831)8月 市村座
(左より)三世尾上菊五郎(お岩ぼふこん・与茂七)、二世関三十郎(伊右衛門)

また『仮名手本忠臣蔵』の斧定九郎は、元々は冴えない野暮なゴロツキといった役どころであったのを、中村仲蔵という役者の工夫によって、「色悪」ともいえる役柄となった異色の悪役だ。台詞も、人を切り殺し、その懐から奪った金を見て、「50両」の一言のみ。非道ぶりと色悪としての魅力を見る者に印象付ける画期的な変貌を遂げ、今も受け継がれている。

周重画 初世市川左團次 明治11年(1878) <ちゃり敵>さぎ坂伴内
周重画 初世市川左團次 明治11年(1878) <ちゃり敵>さぎ坂伴内

その他にも「端敵(はがたき)」と呼ばれる、主役級ではない小者の悪役たちも紹介されている。「赤っ面(あかっつら)」や「ちゃり敵(がたき)」など風貌や所作に滑稽味がある悪役たちは、「実悪」や「国崩し」のような凄みのある“悪“ではないが、長い芝居の中で緩急をつけるために必要な存在だ。展示室に並ぶ浮世絵は、どれも状態が良く非常に見ごたえのある色彩で、歌舞伎の様式美、色彩美が立ち現れてくるようだ。

悪役…ではないけど「イヤな奴」

展示風景
展示風景

基本的には、前述の「実悪」「国崩し」など歌舞伎用語となっている悪役の役柄別に紹介されているが、一部、本展を企画した同館主任学芸員の太壽堂素子氏オリジナルのカテゴリーがある。ずばり「イヤな奴」。謀反などの壮大なスケールの悪事ではなく、善人である主人公を窮地に追いやり、その後の悲劇のきっかけを作る、「身近にいたらイヤな」人物たちだ。

たとえば『恋飛脚大和往来』の八右衛門は、主人公の忠兵衛と遊女・梅川を巡って言い争う。やがて八右衛門の挑発に乗って、忠兵衛は封を切ったら死罪となる公金の封を切ってしまい、忠兵衛と梅川は心中するしかなくなる。また『夏祭浪花鑑』の「泥場」と呼ばれる場面では、主人公の団七が義父の義平次に追い詰められて、挙句の果てに義平次を切り殺してしまう悲しくも凄惨なシーンだ。

展示風景
展示風景

もちろん「悪女」も大活躍

何も「悪役」は男ばかりではない。女の悪役も物語の中で暗躍する。その代表的な人物が『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の八汐(やしお)、『加賀見山旧錦絵』の岩藤だ。

国周画 《五世尾上菊五郎》 明治26年(1893) <加役>八汐
国周画 《五世尾上菊五郎》 明治26年(1893) <加役>八汐

上の作品は、『伽羅先代萩』と同じ趣向の作品だ。八汐は「国崩し」で紹介した仁木弾正の妹で、若君暗殺を狙って御殿にやって来る。しかしその毒殺を若君の乳人(めのと)・政岡の子・千松によって阻まれたため、その場で千松を嬲り殺す。画面左端で憎たらしい顔で幼子の首に刃を突き立てる八汐の姿が描かれている。八汐という役は、現代でも立役(男の役を演じる役者)が演じることが多く、女形ではないからこそ一層凄みが増す。

悪役たちの「鬘」や「妖術」にも注目

このように、様々なタイプ別に悪役を紹介しているが、展示室中央のケースでは、「ヘアカタログ」「奇術十二支」「加役競演」など、別の切り口から「悪役」の姿を紹介している。

「ヘアカタログ」コーナーのうち、「○日鬘」と呼ばれる鬘を紹介。
「ヘアカタログ」コーナーのうち、「○日鬘」と呼ばれる鬘を紹介。

たとえば、「ヘアカタログ」では『仮名手本忠臣蔵』の斧定九郎、『菅原伝授手習鑑』の松王丸、『青砥稿花紅彩絵』の日本駄右衛門、大泥棒として名高い石川五右衛門のそれぞれの錦絵から、「三十日鬘」「五十日鬘」「百日鬘」「大百日鬘」と呼ばれる鬘の形を紹介している。それぞれ本来月代に当たる部分を剃らずに放置した日数が名称になっている。役柄のスケールに呼応するように鬘も大きくなっていく点が興味深い。

「加役競演」のコーナーでは、『加賀見山旧錦絵』の岩藤役をさまざまな役者が演じた浮世絵を見比べることが出きる。有名な「草履打ち」のシーンは、謀反を企む「悪役」の岩藤が、大姫に目を掛けられる尾上を罠にはめ、証拠となる草履で尾上を打ち屈辱を与える場面。
「加役競演」のコーナーでは、『加賀見山旧錦絵』の岩藤役をさまざまな役者が演じた浮世絵を見比べることが出きる。有名な「草履打ち」のシーンは、謀反を企む「悪役」の岩藤が、大姫に目を掛けられる尾上を罠にはめ、証拠となる草履で尾上を打ち屈辱を与える場面。
蝦蟇を操る天竺徳兵衛や、妖狐が人間に姿を変える玉藻前など。妖術を使う者や、妖怪が変化した悪役もいる。
そうした奇想天外な設定も、歌舞伎ならではの登場人物だ。
蝦蟇を操る天竺徳兵衛や、妖狐が人間に姿を変える玉藻前など。妖術を使う者や、妖怪が変化した悪役もいる。
そうした奇想天外な設定も、歌舞伎ならではの登場人物だ。

上方歌舞伎の絵看板にも注目

本展では各セクションごとに、明治時代の上方の劇場で実際に用いられていた絵看板も展示されている。

無款 紙本着色絵看板 二幅 明治15年(1882)2月 中劇場
三世市川市十郎(石川五右衛門)、二世坂東寿三郎(真柴秀吉)、初世嵐笑三郎(小田信長)ほか
無款 紙本着色絵看板 二幅 明治15年(1882)2月 中劇場
三世市川市十郎(石川五右衛門)、二世坂東寿三郎(真柴秀吉)、初世嵐笑三郎(小田信長)ほか

歌舞伎の絵看板というと江戸時代から役者絵や絵看板を手掛けてきた鳥居派が有名だが、上方では鳥居派とは異なる独自の様式が継承されてきた。その大きな違いは、背景の書き込みだ。鳥居派の絵看板では登場人物(役者)が画面に大きく配され、役者主体の構図だが、上方の絵看板では人物の大きさはそれほど大きくなく、背景も含めて物語全体がイメージできる構図で描かれている。

無款 紙本着色絵看板(部分)
無款 紙本着色絵看板(部分)

よく見ると衣裳の袖などに、着物の柄とは別に大きな紋があしらわれている。これは役柄の紋ではなく、演じる役者の紋。観客が自分の贔屓の役者が何の役をやるのかを知ることができるようにということで、絵看板には演じる役者の紋が表される。劇場の絵看板は1度使ったものを使い回しをする場合もあるので、演じる役者が変わると、紋の部分を上から貼り直していたという。

歌舞伎を描いた作品というとまずは「役者絵」が思い浮かぶが、こうした絵看板も「歌舞伎の世界」を伝える貴重な作品群だ。

「石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」と辞世の句を詠んだのは、天下の大泥棒として名を馳せる石川五右衛門だが、その言葉を借りればまさに「“悪役”は尽きまじ」とでもいおうか。本展では極悪人から小者の悪党まで様々な悪役たちが登場し、「悪役あってこその芝居」とさえ思えてくる。展示室を出る頃には「判官びいき」ならぬ「悪役びいき」になりそうだ。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
逸翁美術館|ITSUO ART MUSEUM
563-0058 大阪府池田市栄本町12-27
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
会期中休館日:月曜日 ※ただし7月20日(月・祝)開館、7月21日(火)休館

FEATURE一覧に戻る展覧会レポート 一覧に戻る

FEATURE一覧に戻る展覧会レポート 一覧に戻る