元禄の熱気溢れる菱川師宣《十二ヶ月風俗図巻》が公開。
傑作《見返り美人図》と夢の競演
「元禄!師宣劇場 十二ヶ月風俗図巻 大公開」が、静嘉堂文庫美術館にて2026年8月23日(日)まで開催

《十二ヶ月風俗図巻》(部分) 《見返り美人図》の女性のような、赤地に花輪文の着物の女性の姿。
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菱川師宣(ひしかわもろのぶ)と言えば《見返り美人図》の作者として、歴史の教科書でも必ず紹介される人物だ。江戸の「二大悪所」と呼ばれた芝居町や遊里をはじめ、人々の営みを生き生きと描き、庶民が文化の中心となる元禄(げんろく)期を象徴する絵師の一人となった。元禄期(1688-1704)とは、泰平の世が盤石となり、文化の担い手が為政者から庶民に移り、華やかで活況ある時代となった、文化・経済の黄金期である。
静嘉堂文庫美術館で開幕した「元禄!師宣劇場 十二ヶ月風俗図巻 大公開」展では、同館所蔵の師宣筆《十二ヶ月風俗図巻》が、約2年の修理を経て初めて公開される。本作の全貌を紹介する本展では、さらに同時代に活躍した絵師、師宣の弟子や師宣の画風を継承した宮川派、師宣の影響を受けた後世の作品などを紹介し、「師宣画」の系譜をたどる。
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- 「元禄!師宣劇場 十二ヶ月風俗図巻 大公開」
開催美術館:静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)
開催期間:2026年6月27日(土)〜8月23日(日)
師宣の代表作が夢の競演

本展のメインである《十二ヶ月風俗図巻》は、1月から12月の年中行事の様子を上・下巻の2巻に分けて描いた作品。本展を企画した学芸員・吉田恵理氏は、「描かれている若君を中心にしたと思われる展開は、まるで芝居の物語が進むよう」な魅力があると語る。展覧会タイトルの「師宣劇場」も、そうした思いが込められている。
展示室に入れば、師宣が描いた元禄世界の幕が上がる。

当時の人々の暮らしぶりや遊興の様子が生き生きと描き出されている。
第1展示室では、まず師宣前史として重要文化財《四条河原遊楽図屏風》を紹介し、師宣の描く美人画、風俗画が、近世初期の風俗図の流れにあることを示す。続いて師宣作品と共に、同時代の絵師として、江戸の英一蝶(はなぶさいっちょう)、上方の尾形光琳の作品が並ぶ。それぞれ人気を博したスター絵師による、三者三様の市井の様子を味わう。

特に、7月12日(日)までは、師宣の傑作《見返り美人図》(東京国立博物館蔵)が期間限定で展示される。さらに前期展示では重要文化財《歌舞伎図屏風》も展示されているので、《十二ヶ月風俗図巻》を含めて、師宣の代表作3点を一度に見ることができる贅沢な期間となる。
※《見返り美人図》展示中の金曜日(7月3日、10日)は夜間開館を実施。詳細は美術館の公式サイトにて。
師宣晩年の優作《十二ヶ月風俗図巻》を大公開
第2展示室で、いよいよ《十二ヶ月風俗図巻》のお目見えとなる。前期に上巻、後期に下巻、それぞれ全場面が一挙に公開される。
上巻には1~6月、下巻には7~12月の年中行事が描かれている。各場面は独立した図様ながらも、往来を歩く人物などを配することで自然な場面展開となり、まるで1つの物語絵巻を見ているようだ。登場人物たちも生き生きと描かれ臨場感に満ち、画面の中で今にも動き出しそうなほどだ。

江戸時代 元禄5~6年(1692~93)頃 二巻 (公財)静嘉堂
本作を見てまず驚くのは、その色彩の鮮やかさだろう。質の良い顔料を用いているのだろう、その発色の良さ、そして緻密な彩色はもちろんのこと、扇の模様や衣文線など随所に施された金泥が華やかさを添える。今回の修理で、裏彩色(絹の裏から彩色を施す技法)が用いられいていることが判明した。本作は武家の注文によって制作されたと考えられており、手の込んだ作りであることも納得だ。
吉田氏曰く、本作は他の師宣作品に比べて、子どもが多く描かれている点も特徴であり、武家の注文ということを踏まえれば、「一月 千秋万歳」の図で、縁側で上質な敷物の上で万歳の芸を見る幼子が、本作の主人公(注文主に所縁ある人物)という見方もできるのではないか、とのことだ。

風でなびく幔幕の表現もさりげない所に師宣の技量の高さがうかがえる。
その他にも登場人物をよく見れば、《見返り美人図》の女性を思わせる、赤い着物の女性があちこちに描かれていたり、師宣が度々描いた「酩酊した男性が宴席に引き込まれている」様子など、師宣画の“お馴染み”の登場人物も見受けられる。

また修理の際に、絵巻の軸木の内側に銘が墨書されており、そこに「元禄六年」とあることから、本作が師宣最晩年の作品であることが確実となった。元禄という時代を封じ込めたかのような、師宣の優れた作品をじっくりと味わいたい。
後期に展示予定の下巻については、ロビーにて映像で紹介されているので、そちらもお見逃しなく。
受け継がれていく「師宣」様式
3展示室では、師宣の屏風作品のほか、師宣人気が庶民から富裕層まで広めることとなった版本、あるいは師宣の画風を継承した弟子の古山師重(もろしげ)・師継(もろつぐ)などの作品を紹介し、「菱川様」が巷を席巻した様子を見ていく。

奥:重要文化財 菱川師宣《歌舞伎図屛風》 紙本金地着色 江戸時代 元禄5~6年(1692~93)頃 六曲一双 東京国立博物館【前期展示】
版本類では、師宣が描いた『和国諸職絵つくし』、あるいは菱川派が描いた『役者諸芸絵鑑』などが展示されている。実は絵入りの版本で初めて絵師の名前を入れたのも師宣であったのだ。師宣が手掛けた版本は、役者絵(芝居町)、美人図(遊里)、名所絵、武者絵、古典文学を題材にしたもの、花鳥画など、バラエティに富む。

共に(公財)静嘉堂
また、注目したいのはこちらの皿。会場を巡れば、すでに何度も目にしてきた「幔幕の内側で遊興に耽る人々」というお馴染みの図様が描かれているのだが、実は中国・景徳鎮で作られたもの。日本の伊万里焼にこうした図様の皿があり、その写しと考えられている。海を越えて遥か中国にまで「元禄世界」が伝わっていたことに驚くばかりだ。

一部の人物は唐子に置き換えられるなどの変容が見られるが、全体としては元禄の風俗の風情が漂う。
宮川派、さらに江戸琳派・鈴木其一も―「師宣リバイバル」
最後の展示室では、師宣没後に起きた「師宣リバイバル」とも言うべき作品を紹介する。師宣に直接連なる「菱川派」はというと、師宣の長男・師房(もろふさ)が一時は父の画風を受け継ぎ、絵師として筆を握っていたが、やがて元々の家業である紺屋に戻ったと言われ、菱川派は途絶えてしまう。

しかし「菱川派」の画風は、中期には宮川長春(みやがわちょうしゅん)をはじめとする「宮川派」へと受け継がれ、長春はそこからさらに「俯き加減で右手で褄を取る」という「長春の立美人図」の典型を確立した。

そして江戸後期の文化文政期には、戯作者で浮世絵師の山東京伝が師宣を高く評価するなど、師宣再評価の機運が高まり、元禄風の女性たちが再び絵画の世界に登場する。例えば酒井抱一の弟子として活躍し、抱一から江戸琳派の流れを受け継いだ江戸後期の絵師・鈴木其一(きいつ)によるこの《雪月花三美人図》には、桜、月に萩、柳に雪に、それぞれ吉原三浦屋の名妓、長門、高尾、薄雲の3人が描かれている。いずれも目の覚めるような華やかな衣装を身にまとい、凛とした佇まいを見せるが、彼女たちの着物や髪型も元禄風だ。

こうした作品からは、直接的な系譜は途絶えるも師宣の様式は「元禄」という時代の象徴として、時を超えて江戸時代の人々を魅了したことがうかがえる。
町人文化が花開いた元禄の時代をかくも鮮やかに、かくも生き生きと描き出した菱川師宣。彼の残した作品を一たび開けてみて見れば、そこはまるで「師宣劇場」―いつでも元禄の人たちが動き出す。本展を訪れたなら、屏風も絵巻も掛軸も、隅から隅までずずずぃっとご覧あれ。
