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FEATURE

アートとデザインの境界へ。
アーティゾン美術館 石橋 寬 館長とエットレ・ソットサス

1981年にいち早く「エットレ・ソットサス展」を開催した、アーティゾン美術館 館長 石橋寬氏が描く新たな地平

インタビュー

アーティゾン美術館館長・石橋 寬氏。1981年にAXISビルで開催されたエットレ・ソットサス展から45年、その出会いが日本初の大規模回顧展として結実した。 撮影:筒井義昭
アーティゾン美術館館長・石橋 寬氏。1981年にAXISビルで開催されたエットレ・ソットサス展から45年、
その出会いが日本初の大規模回顧展として結実した。 撮影:筒井義昭

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構成・文:藤野淑恵

20世紀イタリアデザインの巨匠、エットレ・ソットサス(1917〜2007)の日本初の大規模回顧展「エットレ・ソットサス —魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」がアーティゾン美術館で開幕した。石橋財団が所蔵するソットサスの初期から晩年におよぶ100点を超える作品を一堂に公開するこの展覧会では、1950年代のオリベッティ社時代の仕事に始まり、ソットサスが設立し80年代に一世を風靡した国際的なデザイナー集団「メンフィス」の家具、晩年のガラス作品群まで、唯一無二の創意あふれるデザインの数々が一挙に展示される。

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「エットレ・ソットサス —魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」
開催美術館:アーティゾン美術館
開催期間:2026年6月23日(火)〜10月4日(日)
「エットレ・ソットサス」展示風景、アーティゾン美術館 ©Yuya Furukawa
「エットレ・ソットサス」展示風景、アーティゾン美術館 ©Yuya Furukawa

20世紀デザインの巨匠 エットレ・ソットサスとは

エットレ・ソットサスは、20世紀のデザイン史において、もっとも影響力を持った人物と評される。1917年、オーストリアに生まれたソットサスはトリノ工科大学を卒業した後、ミラノに建築・デザイン事務所を設立した。58年にはオリベッティ社のデザインコンサルタントに就任。機能と美しさを両立させた工業デザインの傑作として名高い真紅の「ヴァレンタイン ポータブル・タイプライター」(1968年)は、後にニューヨーク近代美術館の永久収蔵品となった。1976年にミラノで誕生したデザイングループ 「アルキミア」に関わった後、81年にはアンドレア・ブランツィ、ミケーレ・デ・ルッキらとともに前衛デザイングループ「メンフィス」を結成。バウハウス以来の「合理主義デザイン」への痛烈なアンチテーゼを世界に打ち出した。ソットサスにとって、デザインとは官能的で刺激的なものであるべきだという確信が、その60年にわたるキャリアを貫く。建築から家具、ガラス、写真に至るまで彼が手がけるすべての作品には詩情が宿っている。

「エットレ・ソットサス」展示風景 ©Yuya Furukawa 
写真中央は代表作のひとつ、エットレ・ソットサス《カールトン》1981年(デザイン/製作)、製作:メンフィス・ミラノ、石橋財団アーティゾン美術館 © Erede Ettore Sottsass
「エットレ・ソットサス」展示風景 ©Yuya Furukawa 
写真中央は代表作のひとつ、エットレ・ソットサス《カールトン》1981年(デザイン/製作)、
製作:メンフィス・ミラノ、石橋財団アーティゾン美術館 © Erede Ettore Sottsass

1985年にメンフィスを離れた後、ソットサスは自身の建築・デザイン事務所を設立。建築、インテリア、プロダクト、グラフィックと幅広い活動を続けた。なかでもミラノ・マルペンサ空港のインテリアデザイン(1994〜1998年)は晩年の代表的な公共建築プロジェクトとして知られる。1970年代から手がけてきたガラス作品のシリーズも、ヴェネチアングラスの技法と独自の造形感覚が融合した仕事として高く評価されている。2007年、ミラノにて90歳で死去。没後もその評価は右肩上がりに高まり続ける。

「エットレ・ソットサス」展示風景 ©Yuya Furukawa 
写真中央は《モービル》1957-58年(デザイン)/1959年(製作)、中央右は《モービル MS. 180》1959-63年頃(デザイン/製作)、製作:ポルトロノーヴァ、石橋財団アーティゾン美術館 © Erede Ettore Sottsass
「エットレ・ソットサス」展示風景 ©Yuya Furukawa 
写真中央は《モービル》1957-58年(デザイン)/1959年(製作)、中央右は《モービル MS. 180》1959-63年頃(デザイン/製作)、製作:ポルトロノーヴァ、石橋財団アーティゾン美術館 © Erede Ettore Sottsass

生誕100年の2017年にはニューヨークのメトロポリタン美術館で大規模回顧展が開催され、2021年にはパリのポンピドゥー・センターで400点以上の作品・資料を集めた展覧会が話題となった。2025年にはミラノのトリエンナーレ美術館において、夫人のバルバラ・ラディーチェがキュレーション・チームに加わった展覧会が開かれた。アートマーケットでも再評価は顕著で、2023年にはクリスティーズ・ニューヨークにおいてソットサス作品がオークション史上最高額の約85万ドルで落札されるなど、世界的なトップコレクターが競い合うブルーチップ・アーティストとして確固たる地位を築いている。

「メンフィス」誕生の1981年にAXISギャラリーで開催された
エットレ・ソットサス展

東京・六本木のAXISビル。ヒューマンスケールな建物には開放的な中庭が広がり、柔らかな自然光が差し込む。デザインを愛する人々が自然と集い、楽しむ場、そしてデザイン発信拠点として設計された。
東京・六本木のAXISビル。ヒューマンスケールな建物には開放的な中庭が広がり、柔らかな自然光が差し込む。
デザインを愛する人々が自然と集い、楽しむ場、そしてデザイン発信拠点として設計された。

1981年9月、東京・六本木にオープンしたAXIS(アクシス)ビルの柿落としとしてエットレ・ソットサス展が開催された。この展覧会の立役者が、日本のデザイン発信拠点としてのAXIS設立のプロジェクトを牽引した、アーティゾン美術館館長の石橋 寬氏だ。アメリカに留学してデザインを学んだ石橋氏は、帰国後ブリヂストンに入社し、社内にデザイン部門を立ち上げた。当時の日本は高度経済成長を経験しながらも、デザインの社会的価値はほとんど認識されていなかった時代。ブリヂストンのCI(コーポレート・アイデンティティ)開発を主導し、企業とデザインの結びつきと重要性を示した。

デザインが果たす役割の重要性に着目し、石橋氏が中心となって構想したデザイン発信拠点「AXIS」は、5年の準備期間を経て1981年9月、東京・六本木にオープン。同時にデザイン誌『AXIS』を創刊し、日本のデザイン文化の国際的な発信地となっていく。そのオープニングを飾ったのがAXISギャラリーで開催されたエットレ・ソットサス展だった。デザイン集団「メンフィス」とそれを率いるソットサスという名前が世界に轟く前夜ともいえる当時。1981年の9月のソットサス展と「メンフィス」の誕生は、ほぼ同じ瞬間に重なっていた。

ブリヂストン美術館からアーティゾン美術館へ。
創造の体感の地平を広げる

2020年、東京・京橋に開館したアーティゾン美術館。石橋財団が育んできたコレクションが、新たな空間で息づいている。
2020年、東京・京橋に開館したアーティゾン美術館。石橋財団が育んできたコレクションが、新たな空間で息づいている。

2004年、石橋氏は財団法人石橋財団 理事長に、2014年にブリヂストン美術館 館長に就任する。2020年には前身のブリヂストン美術館を「アーティゾン美術館」として刷新した。「ART(アート)」と「HORIZON(地平)」を合わせた造語の名が示すように、印象派から現代アートへ、そしてアートとデザインの境界へと、収蔵の地平は広がっている。エットレ・ソットサスの作品が石橋財団のコレクションに加わったのも、この延長線上にある。1981年のAXISとソットサスの出会いから、アーティゾン美術館におけるコレクション形成の決断、そしてまもなく開幕する大規模回顧展「エットレ・ソットサス —魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」の見どころについて、石橋館長に話を伺った。

アーティゾン美術館5 階ロビーにて。2023年にはデザインの価値を社会に根付かせた功績を称えられ、権威あるデザイン賞、レッド・ドット「パーソナリティ・プライズ」(Red Dot: Personality Prize)が贈られた。 撮影:筒井義昭
アーティゾン美術館5 階ロビーにて。2023年にはデザインの価値を社会に根付かせた功績を称えられ、権威あるデザイン賞、レッド・ドット「パーソナリティ・プライズ」(Red Dot: Personality Prize)が贈られた。 撮影:筒井義昭

石橋 寬 HIROSHI ISHIBASHI
公益財団法人石橋財団 理事長 アーティゾン美術館 館長 
株式会社アクシス 会長

1946年福岡県生まれ。1964年、米国留学。アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン(ロサンゼルス)にてカーデザイン・インダストリアルデザインを修学。1973年、ブリヂストンタイヤ株式会社(現・株式会社ブリヂストン)に入社。社内デザイン部門を立ち上げ、企業CIを主導。1981年、株式会社アクシスを設立。東京・六本木にデザイン発信拠点「AXIS」を開設。同年、デザイン誌『AXIS』を創刊。2004年、財団法人石橋財団理事長に就任。2014年、ブリヂストン美術館 館長就任。2020年アーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)開館。2023年、ドイツのレッド・ドット「パーソナリティ・プライズ」(Red Dot: Personality Prize)受賞。

AXISビルのオープニング展での エットレ・ソットサスとの出会い


——AXISビルのオープニング展としてエットレ・ソットサスの展覧会を開催した経緯を教えてください。

石橋 :AXISのオープニングをどのようにするかは、当時、非常に重要な決定事項でした。AXIS自体がデザインを一般の方々に広めていくという、啓蒙的なミッションを持っていましたので、これまでのファッションビルとは異なる、デザインのビルが登場する際に、何かできるイベントはないかと考えたわけです。

AXISギャラリーというスペースがありまして、そこを活用しながら、雑誌の『AXIS』とも連携して、新しいAXISというビルを打ち出していこうと。では何をするかというのが最も大事な点で、いろいろなデザイン展を検討しました。ビルのオープニングから最初の一年間は、浜野商品研究所にお手伝いいただきました。青山のフロムファーストや渋谷の東急ハンズを手掛けられた代表の浜野安宏さんが中心となり、いろいろなアイデアを出してくださいました。

そうしたディスカッションの中で、「ソットサスという人がいる、非常に新しい考え方を持ったデザインをしている」という話が出てきました。私自身、エットレ・ソットサスの名前はもちろん知っていましたし、オリベッティのタイプライターなども知っていました。ただ、その実験的な制作活動については全く知らなかったのですが、話を聞くうちに非常に面白いと思いました。デザインを新しい視点から眺めてもらうには、とても良い展覧会になるのではないかと考え、取り上げることにしたわけです。

1981年AXISギャラリーでの「エットレ・ソットサス展」展示風景。ソットサスの代表作であるメンフィスの家具が展示されている。
1981年AXISギャラリーでの「エットレ・ソットサス展」展示風景。ソットサスの代表作であるメンフィスの家具が展示されている。

振り返ると、その展覧会で展示した作品はソットサスが中心となって81年に立ち上げたデザイン集団「メンフィス」のものなのですが、当時は「メンフィス」という名前すら知りませんでした。展覧会の開幕が1981年9月23日。その翌年頃になって「あれはメンフィスの作品なんだ」となって、「そうだったのか」と気づいた。メンフィスが産声を上げたばかりの時期に、たまたまAXISビルのオープニングイベントとして展覧会を催すことができたんです。

——当時も、そして現在も、AXISのようなデザインの発信拠点ビルは日本にも世界にもないように思います。

石橋 :ミュージアムのような形ならありますが、世界を見渡しても私的な立場からデザインの啓蒙を行っているビルというのは少ないと思います。1981年にAXISとしてデザインを重視した活動を始めたのですが、構想自体は1976年頃から始まっていたんです。これからデザインが非常に重要な時代になると。ものづくりの開発においても、それを使う消費者においても、デザインがきちんとした形で間に介在することで、暮らしや社会を良くする方向に向かうだろうという信念を持っていました。そういう意味では、先進的なソットサスの作品を見ていただくことで大きなインパクトを出せたと思っています。

この流れが日本の中で最盛期を迎えたのは1980年代後半です。1989年には世界デザイン会議(ICSID)が名古屋で開かれ、世界のデザイナーが大挙して訪れました。ファッション界でも、パリでの日本人デザイナー、イッセイ(三宅一生)さん、川久保(川久保玲)さん、ヨウジ(山本耀司)さんらの活躍が顕著になっていた時期と重なっています。もちろん、これはバブル経済とも直結していて、日本経済の隆盛とともにデザインも大きく注目を集めた時代でした。

1997年に発行された『AXIS 』70号の表紙に登場したエットレ・ソットサス氏。
1997年に発行された『AXIS 』70号の表紙に登場したエットレ・ソットサス氏。

——AXISのオープニングは日本のデザインにおけるターニングポイントでした。強く印象に残っていることはありますか。

石橋 :ご招待した方々は非常に多方面にわたりまして、デザイン界はもちろん、流通業界の方々にもお越しいただくなど幅広かった。ビル全体がデザインを体験する場として設計されていましたので、入居されていたほとんどのお店が素晴らしいデザイナーの方々によるインテリアでした。倉俣史朗さん、内田繁さん、プロダクトデザイナーの宮城壮太郎さん(後の宮城デザイン事務所主宰)もお見えになっていました。

AXISビルの中央に吹き抜けがありまして、上から下から、集っていただいた方々の声が響き合って、何か一つの世界が突然出現したような感じで驚いたことが思い出されます。中央の吹き抜けには倉俣さんに階段を作っていただきましたが、これは現存しております。

AXISビルの1階の中庭から2階へ続く階段。現在では倉俣史朗氏の名作「倉俣階段」として親しまれている。
AXISビルの1階の中庭から2階へ続く階段。現在では倉俣史朗氏の名作「倉俣階段」として親しまれている。

——その時、初めてソットサスさん本人にお会いになったわけですね。どのような方でしたか。ソットサスさんはAXISビルが気に入って、その後も来日のたびに立ち寄られたそうですね。

石橋 :この展覧会がソットサスさんの初来日だったかもしれません。すでに60代でいらっしゃったのですが、まったく年齢を感じさせない方でした。その後も来日を重ねられていくうちに、私だけではなく他のスタッフとの間にも交流が生まれて、『AXIS』誌の取材も何度かさせていただきました。そういう中で自然と親しい関係になっていきました。

——展覧会後もAXISビルにはソットサスの作品が展示されていたと伺いました。

石橋 :当時のAXISビルには株式会社アクシスが運営する直営店が2店ありました。1階のガレージショップ、ル・ガラージュと、外苑東通り沿いの、家庭雑貨や文房具、寝具などを扱うリビング・モティーフです。そのリビング・モティーフに、《カールトン》をはじめいくつかのソットサスの作品を展示していました。販売するつもりはなく、空間の雰囲気づくりのために活用していました。当時はそれがソットサスの作品だと意識して見るというよりも、AXISビルの空間に溶け込んだものとしてご覧いただいていたのではないかと思います。

「創造の体感」 ——ブリヂストン美術館からアーティゾン美術館へ

石橋氏とエットレ・ソットサス、そして倉俣史朗との関係は、2020年に開館したアーティゾン美術館の空間にもそのまま刻まれている。1952年、石橋氏の祖父・石橋正二郎氏によって開設されたブリヂストン美術館は、ビルの建て替えと名称変更を経て2020年に「アーティゾン美術館」として生まれ変わった。「ART(アート)」と「HORIZON(地平)」を合わせた新しい名を掲げた美術館のコンセプトは「創造の体感」。印象派と日本近代洋画を礎としながら、収蔵の地平を現代アートへ、そしてデザインへと広げ続けている。

アーティゾン美術館6階展示室入口のロビーには、倉俣史朗のソファが設置されている。
アーティゾン美術館6階展示室入口のロビーには、倉俣史朗のソファが設置されている。

その姿勢は、建物そのものにも表れている。1階ミュージアムカフェの飾り棚には、ソットサスによるヴェネチアンガラス器をはじめメンフィス時代の作品が並ぶ。6階展示室入口のロビーには、倉俣史朗が手がけたエキスパンドメタルの一人掛けソファ、「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」の名で知られるカッパー仕様のソファ、そしてほぼ未公開だった半月型の大型ガラスベンチが設置されており、来館者は誰でも実際に座ることができる。デザインは「見るもの」であると同時に、「体感するもの」として置かれている。

旧ブリヂストンビル時代、ブリヂストン本社の一階ロビーのインテリアデザインを倉俣氏に依頼し、自ら担当者として最後まで立ち会ったのは石橋氏自身だった。AXISビルの吹き抜けに今も残る倉俣氏の階段と同様、その協働はアーティゾン美術館に今日も受け継がれている。

デザインとアートのあいだに。
ソットサスと倉俣——コレクション形成の哲学


——アーティゾン美術館としてソットサスの作品の収蔵を決断されるまでの経緯を教えてください。

石橋 :実は、私はデザインをコレクションに加えることを、長らくやりたくなかったんです。デザインとアートは全く異なるものだという感覚をずっと持っていましたから。アーティストが自分の内的な発想を原点として作るのがアートとするならば、デザインの本来の姿は、特に工業デザインに近いところにいた私の感覚では、クライアントのソリューション活動なんです。企業が必要とする商品やコミュニケーションに対して答えを提供するのがデザインであって、両者は生まれが全然違う。だから相容れないものだと、ずっと思っていました。

ところがアーティゾン美術館がスタートして、今後どのような作品を収蔵していくかを考える段階に至ったとき、印象派から抽象表現主義、日本の具体へとどんどん現代の方に向かう中で、若い世代においてはデザインとアートが接近して、ある意味で混ざり合ってきているということに気づき、どこかの時点でデザインも手掛けなければならないという気持ちになりました。これはアーティゾン美術館が開館した後のことです。

アーティゾン美術館開館翌年の2021年に開催された「STEPS AHEAD: Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」の展示風景。
アーティゾン美術館開館翌年の2021年に開催された「STEPS AHEAD: Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」の展示風景。

——デザインへと広げるにあたり、なぜエットレ・ソットサスと倉俣史朗だったのでしょうか。

石橋 :ソットサスは私がよく知っていて手掛けやすかったということ、そしてアートの目から見ても通じるものがある——そういう判断がありました。倉俣さんとの関係も非常に重要でした。このビルの前身であるブリヂストンビルの一階ロビーで使用されていた倉俣さんの一連の家具も作品としてたくさん持っていた。そして、倉俣さんとソットサスさんはお互いに仲が良くて、面白い活動を当時なさっていた。両者は作品的には対照的なのですが、この二人を加えるというのは非常に面白いことだろうと。デザインの分野を設けるなら工業デザインや工芸は違う。最初に収蔵するのは、アートとデザインの領域に跨るソットサスと倉俣さんの作品がふさわしいという結論に至りました。

「エットレ・ソットサス」展示風景 ©Yuya Furukawa
写真作品の前には《トーテム》のシリーズが並ぶ。
「エットレ・ソットサス」展示風景 ©Yuya Furukawa
写真作品の前には《トーテム》のシリーズが並ぶ。

——ソットサスと倉俣史朗、ふたりに共通するものは何でしょうか。

石橋 :メンフィスはアートに非常に近い。倉俣さんもアートに近いけれど、やはりデザインの方に軸足を置いておられる。その中でアートの要素をかなり取り入れておられるという感じです。ソットサスはむしろ逆で、完全にアートの発想から「今の製品を考えたらこうなる」という方向かもしれない。ですから、向いている方向は対照的ですが、アートとデザインの境界をまたぐという意味では、まさにお二人はその好例なんです。

エットレ・ソットサス《トーテムのためのドローイング》1964年、石橋財団アーティゾン美術館 © Erede Ettore Sottsass
エットレ・ソットサス《トーテムのためのドローイング》1964年、石橋財団アーティゾン美術館 © Erede Ettore Sottsass

——今回の展覧会はメンフィスの家具だけにとどまらず、写真や晩年のガラス作品まで幅広いですね。

石橋 :ソットサスにはメンフィスの前と後があると、だんだんわかってきました。前でいうと最も重要なのは写真です。彼が1970年代に世界を旅して、各地でアイデアの源泉になるものを見つけ、それを写真に留めていた。これはぜひきちんとご紹介しなければと考え、探して収蔵しました。後の方では、晩年のガラスのシリーズです。非常にデリケートで、形と色のバランスが絶妙なシリーズで、美術館にいらしたお客様にも楽しんでいただけるのではないかと思います。その中間にある作品が《トーテム》だと思っています。1970年代に旅をして各地で写真を撮った中で出会った「柱」というものに原点があったのだと思いますが、その発想が非常に面白い。1981年のAXISギャラリーでのソットサス展で展示したのはメンフィスの家具が中心でしたが、今回は1980年代のメンフィス後の代表作から晩年の作品までご紹介しています。

「エットレ・ソットサス」展示風景 ©Yuya Furukawa
晩年のガラス作品のコレクション
「エットレ・ソットサス」展示風景 ©Yuya Furukawa
晩年のガラス作品のコレクション

「デザインは楽しいもの」。すべての人にデザインの可能性を


——石橋館長が今回の展覧会に込められた思い、そしてこの展覧会ではどのような「体感」ができるのかお聞かせください。

石橋 :「デザインは楽しいものだ」ということが最大のポイントだと思います。バウハウス以降の近代デザインは、工業化の流れの中で装飾を省いていく方向でした。建物もどこか無愛想なものばかりになって、面白みがない。それに対してソットサスは全く逆のことをやろうとした。「メンフィス」の家具は安価な素材を使っているんです。安価な化粧板で、形と色と柄を組み合わせることによって、こんなことができるんだよ、ということを実現したのが「メンフィス」のシリーズです。本棚だって単純な縦横の格子じゃなくて、こんなこともできる。――そんな従来の理性的なデザインに対するアンチテーゼを、ここで投げかけたわけです。やり方によってはこんなことができるという、「デザインの可能性」「デザインの楽しさ」を感じていただけたら、非常に嬉しく思います。

「エットレ・ソットサス」展示風景 ©Yuya Furukawa
「エットレ・ソットサス」展示風景 ©Yuya Furukawa

1981年のAXISビルオープニングに選ばれた、後にメンフィスとして知られることになるソットサスの前衛的な作品の展覧会は、デザイン発信拠点が国境を超える第一歩となった。70年近い歴史を持つブリヂストン美術館は「創造の体感」を掲げるアーティゾン美術館へと、その歩みを新たにした。AXISビルには今も「倉俣階段」が現存し、アーティゾン美術館には倉俣史朗のソファが置かれ、1階のカフェにはソットサスのガラス作品が並ぶ。

2023年、石橋氏に世界最大規模のデザイン賞であるドイツのレッド・ドット・デザイン・アワード(Red Dot Design Award)より、「ビジネス」と「デザイン」の分野で大きな変革を起こした功績を讃えるレッド・ドット「パーソナリティ・プライズ」(Red Dot: Personality Prize)が贈られた。この賞は、ブリヂストンのCI開発からAXISの設立、ブリヂストン美術館に新たな命を吹き込んだアーティゾン美術館の建設と運営まで、石橋氏が一貫して「デザインの価値を社会に開く」ことに捧げてきたキャリアのすべてに対するものだ。

「エットレ・ソットサス」展示風景 ©Yuya Furukawa
「エットレ・ソットサス」展示風景 ©Yuya Furukawa

「デザインの可能性を皆さんに感じていただけたら、非常に嬉しく思います」。展覧会「エットレ・ソットサス —魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」の開幕に際して語られた石橋氏の言葉は、アーティゾン美術館館長としての思いであると同時に、デザインを社会に開いてきた半世紀の矜持のようにも響く。アートとデザインの境界があいまいとなり、コレクタブル・デザインへの注目が高まる今日、アーティゾン美術館がこれから広げる地平に、期待は尽きない。

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「エットレ・ソットサス —魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」
開催美術館:アーティゾン美術館
開催期間:2026年6月23日(火)〜2026年10月4日(日)

同時開催:「瀧口修造 書くことと描くこと」
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アーティゾン美術館|ARTIZON MUSEUM
104-0031 東京都中央区京橋1-7-2
開館時間:10:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
会期中休館日:月曜日、7月21日、9月24日 ※7月20日、9月21日は開館

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