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絶滅するのは、銀塩写真か人類か?
現代美術作家 杉本博司が見つめる終焉

「杉本博司 絶滅写真」が、東京国立近代美術館にて、2026年9月13日(日)まで開催

内覧会・記者発表会レポート

杉本博司《ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ》1999年 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
杉本博司《ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ》1999年 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

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構成・文・写真:森聖加

デジタル化によって、いまや「絶滅が危惧される技法」となった銀塩写真。現代美術作家 杉本博司(1948-)は、その終焉に向かうメディアを、半世紀にわたる自身の創作の軌跡と重ね合わせて見つめ直す。東京国立近代美術館で開催中の「杉本博司 絶滅写真」は、作家の原点である銀塩写真約60点を通して、私たちの思考と認識の再考を促す展覧会だ。

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「杉本博司 絶滅写真」
開催美術館:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
開催期間:2026年6月16日(火)〜9月13日(日)

自問自答し、写し続けた半世紀

杉本博司は写真、建築、舞台芸術、さらには書や陶芸まで、領域を横断し活動してきた。その半世紀以上におよぶキャリアを総括する、いわば「回顧展」が本展である。杉本が生きた時間は、銀塩写真の隆盛と終焉の時間に重なる。作家はそのことを強く意識して、ステートメントを掲げる。「この展覧会は『絶滅写真』としているが、これは銀塩写真の終焉を告げるという意味と、人類文明が絶滅する意味をも掛けている」(展覧会図録より)。

杉本博司氏
杉本博司氏

作家の原点である銀塩写真のみで構成される展覧会は、国内では21年ぶり。初期(1970年代後半)から現在に至る軌跡を、3章・全13シリーズで構成し、ゆるやかに時系列に沿ってたどっていく。

銀塩写真とは、ごく簡単にいえばフィルムや印画紙の中に含まれる銀の粒子を光に反応させ、像として定着させる技法だ。デジタルに対するアナログ。作家はアーティストを志した当時、「芸術界の二級市民として扱われていた写真の名誉を回復し、一流市民に格上げしたい」との野望を抱いて、銀塩写真というメディアに向き合うことを決めた。

3章「絶滅写真」、〈肖像〉シリーズより杉本博司 《昭和天皇》1999年 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
3章「絶滅写真」、〈肖像〉シリーズより杉本博司 《昭和天皇》1999年 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

展示では「詩画軸(しがじく)」の形式にならって、1点1点に杉本自身が和歌や狂歌を詠んで、作品解説としている。詩画軸とは室町時代に発展した、絵に対して禅僧らが詩や賛でその解釈を添え、軸に仕立てて構成する形式だ。代表例として如拙(じょせつ)の国宝《瓢鯰図(ひょうねんず)》(妙心寺蔵)がある。そこに描かれているのは、「ヌルヌルとした鯰をヒョウタンで捕まえられるだろうか?」と川辺に立ち自問する男の姿。杉本がシリーズごとに立ててきた問いもまた、こうした禅問答的思考と響き合っている。

「時間」と「存在」の不確かさ。写真は「真」を写すのか?

1章「時間・光・記憶」は、1970年代から80年代に着手され、作家の評価を確立した〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉の3シリーズなどからスタートする。生命のない模型を本物のように見せる〈ジオラマ〉。映画1本分の光を一枚の写真に定着させる〈劇場〉。また、世界各地の海を訪ね、原始の風景と現代の視覚を重ね合わせた〈海景〉。いずれも、写真が前提としてきた時間や存在の感覚を揺さぶる作品群だ。

〈ジオラマ〉シリーズのうち、杉本博司《ホモ・エレクトス》2025年© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
1975 年、シリーズ構想時に着手し、半世紀を超えて2025年に許可を得た本作を含む2枚を加えて銀塩写真で描く「人類史」が完結
〈ジオラマ〉シリーズのうち、杉本博司《ホモ・エレクトス》2025年© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
1975 年、シリーズ構想時に着手し、半世紀を超えて2025年に許可を得た本作を含む2枚を加えて銀塩写真で描く「人類史」が完結

デビュー作〈ジオラマ〉では、「もし生命のない『物』が生きて見えたなら、私は生命そのものを撮れた、あるいは獲れたことになる」とアメリカ自然史博物館での撮影を開始した。〈劇場〉では「映画一本を写真で撮ったとせよ」と問い、まるごと1本分の映画を印画紙に封じ込めた。〈海景〉では「原始人の見ていた風景を、現代人も同じように見ることは可能か」と問い、撮影にのぞんだ。

〈海景〉シリーズの初公開作品。杉本博司 《相模湾、江之浦》 2025年 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
〈海景〉シリーズの初公開作品。杉本博司 《相模湾、江之浦》 2025年 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

杉本が試みてきたのは、写真が「真」を写すという前提を揺るがすことだった。生命のないものを生きているように見せる。また一方では、一瞬を切り取っているものと多くが考えがちな写真に長い時間を封じ込める。真と虚、過去と現在、存在と不在が交差する地点を、銀塩写真というメディアで探り続けてきたのだ。

フィジカル(物質性)の消失が招く結末とは

杉本はいう。かつて「写真に写されたものは存在した」。しかし今日では、改変可能なデジタル写真が中心となり、さらには〈カタチのないもの〉さえ生成するテクノロジーが生まれて状況は一変している。物質としての存在を持たないデジタルデータの普及によって、写真が長く担ってきた証拠性そのものが「絶滅」した、という。

2章、「観念の形」の展示風景
2章、「観念の形」の展示風景

記者発表の場ではこう締めくくった――21世紀に入り、誰もが気軽に写真を撮り、データとして保存するようになった。テクノロジーは便利かもしれない。いったん社会基盤や保存環境を狙うサイバーテロが起これば、記録だけでなく水道や電気など社会インフラさえ、一瞬で消失する可能性がある、と。「いくらプロテクションをして保存をしておいてもデータは消えます。マイクロフィルムや紙に書いてあるものだけは残るでしょう。つまり、21世紀の記録はなくなってしまう。『絶滅』ということを考えるとき、そうした恐ろしい一つの仮説があるのです」

けだもののみちきわめていまのひと
   ひととは言えどいまもけだもの

これは〈ジオラマ〉シリーズ《ガラパゴス》に添えられた狂歌だ。絶滅するのは銀塩写真か。発展と成長を語りながら「いまもけだもの」であり続ける私たちなのか。杉本は答えを示さない。ただ、その問いだけが残されている。

所蔵品ギャラリー3階では、同館が所蔵する杉本作品の全点と、制作にあたっての思考の軌跡を記録した
未公開資料「スギモトノート」をサテライト展示している
「劇場・海景・スギモトノート」にて展示中の「スギモトノート」(所蔵作品展「MOMATコレクション」10室)
所蔵品ギャラリー3階では、同館が所蔵する杉本作品の全点と、制作にあたっての思考の軌跡を記録した
未公開資料「スギモトノート」をサテライト展示している
「劇場・海景・スギモトノート」にて展示中の「スギモトノート」(所蔵作品展「MOMATコレクション」10室)
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東京国立近代美術館|The National Museum of Modern Art, Tokyo
102-8322 東京都千代田区北の丸公園3-1
開館時間:10:00〜17:00(金曜・土曜は~20:00)※入館は閉館の30分前まで
会期中休館日:月曜日(ただし7月20日は開館)、7月21日

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