ピンクの絵画から最新作まで。
色と光に満ちる、画家 松本陽子の大規模個展
「松本陽子 宵の明星を見た日」が、府中市美術館にて2026年7月12日(日)まで開催

左から《変容Ⅲ》2013 長野正晴、《宇宙エーテル体再び》2016 東京都現代美術館
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文・中島文子
日本の現代美術を代表する画家のひとり、松本陽子。松本といえば、1960年代から長きにわたり探求し続けた、ピンクの絵画が有名だが、2000年代から油彩の抽象絵画に本格的に着手し、現在も制作が続いている。作品の多くは、一辺が2メートルを超える大型作品で、その奥行き深い色面は、鑑賞者の前で圧倒的な存在感を放つ。
2005年に神奈川県立近代美術館 鎌倉で西村盛雄との二人展、2009年に国立新美術館で写真家 野口里佳との二人展を開催。昨今は海外での評価も高く、ロンドンやニューヨークのギャラリーでの個展が反響を集めたが、美術館での大規模な回顧展は今回が初とのこと。本展は、現在開催中の府中市美術館を皮切りに、いわき市立美術館(9月12日〜11月1日)、神奈川県立近代美術館 葉山館(11月28日〜2027年2月28日)へと巡回し、1950年代末の初期作品から2026年の最新作まで、展覧会全体で45点の逸品とドローイングを展示する予定だ(府中市美術館では35点の作品と15点のドローイングを展示)。65年に及ぶ画業を総括すると同時に、90歳という大きな節目を迎えて、なお進化し続ける画家・松本陽子の全貌に迫る。

- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
- 「松本陽子 宵の明星を見た日」
開催美術館:府中市美術館
開催期間:2026年5月23日(土)〜7月12日(日)
65年に及ぶ画業が物語るもの
画家・松本陽子は1936年に東京に生まれ、11歳の頃から絵画教室に通い始め、東京藝術大学で洋画の知識と技術を習得した。当時、重厚な絵肌の具象画が求められる中、「世界・今日の美術展」を見て「アンフォルメル(不定形)」の動向に触れ、松本は少なからぬ衝撃を受ける。次第に独自の抽象絵画を追求するようになった。

1959年の東京藝術大学の卒業制作では課題に従って人物画《作品Ⅰ》を提出したが、その作品はマチエールの荒々しさが際立ち、色が人物を侵食しているかのようである。その後、画家として活動を開始してからは、油彩の抽象画で一定の評価を受けるものの、水彩のような軽快さや色の鮮やかさを求めた松本は油絵具の性質に苦心する。制作の行き詰まりを打開するきっかけとなったのが、アメリカ滞在時に目にしたアクリル絵具だ。本展では1960年代〜70年代の作品も数点展示され、画業の初期からストイックな実践が繰り返されていたことを垣間見せる。

しかし、画家の修練は初期に限ったことではないだろう。1960年代末から約30年間、ひたすらピンクのアクリル画に集中していた時代も、90年代の終わりに油彩画に転向してからも、素材を探求し独自の手法を模索しながら、空間的な広がりのある抽象絵画を継続的に生み出してきた。
本展は、松本が抽象絵画を極めていく画業の変遷を、制作年代と形式により、5章立てで紹介する。会場のスペースの都合上、時系列に並べられているわけではないが、過去と現在を自由に往還するような贅沢な構成となっている。

透明な色彩を求めて
1番広い展示室で展開する章「荒野の光 1987-1995」では、松本の代名詞となった、ピンクを主調とした絵画が多数展示され、圧巻の景色が広がる。霞がかった色彩に、内から発光するような透明感、そして奥に潜む闇、輪郭をもたない色で埋め尽くされた絵画は、アクリル絵具の特性を熟知した画家の手腕が遺憾なく発揮されている。

1967年から1年間滞在したアメリカで、松本はジャクソン・ポロックやモーリス・ルイス、ヘレン・フランケンサーラーなどの抽象絵画に感銘を受けるとともに、当時、日本では目にする機会がなかったアクリル絵具とコットンのロウ・キャンバス(下地が施されていないキャンバス)に出会った。この新しい画材にすっかり魅了された松本は、日本に帰国後、試行錯誤を繰り返し、オリジナルの手法を編み出す。それが作品に結実したのが、ピンクの絵画だ。床に横たえたキャンバスの上に身を屈め、水で溶いたアクリル絵具を筆にたっぷり含ませて描き、グロスポリマーメディウムを垂らし、布で拭き取る。絵具やメディウムを混ぜ複雑な色調を作っていくが、この作業は乾きが速いアクリル絵具の特性に多分に影響される。絵具が乾いて色が定着してしまうと、それ以上作業は進められず、1日で仕上げなければならないのだ。

アトリエでは照明を使わず、自然光の中で作業が行われる。作品の上に画家の影が映ってしまうのを避けるためだ。そうなると、自ずと作業が可能な時間は限られ、天候に左右されることもあるだろう。大体朝9時頃から絵を描き始め、夕方4時頃に作業を終えるが、松本は絵が完成するときの感覚について、「絵の方から『もうやめなさい』と言ってくる感じがする」と話す。体は疲労困憊しているが、このときにはまだ作品の全体像を掴めていない。
「次の日にまたアトリエに来て、作品を壁に立てかけて、下がって見て、その時にはじめて『いい絵ができたな』とか『今日は失敗だった』とか、そういう風に思うわけです」

こうした即興的な制作スタイルも経験を重ねるにつれ、無意識のうちに円熟の域に達したのではないだろうか。ピンクの絵画は90年代に入って、キャンバスの大きさを凌駕するようなドラマティックな展開を見せる。《黒い岩V》は1991年に国立国際美術館で開催された「近作展」に出品した作品。中央に吸い込まれるような濃い紫が置かれ、スピード感ある画面を構成している。隣の《光は荒野のなかに拡散しているⅡ》は長辺273cmの横長の画面を生かし、眩い光の放射を体感させる。

また、松本が後に「ルーベンス的なものを描きたかった」と語ったという《降下する光Ⅱ》は、柔らかな筆跡と色のコントラストから生まれる劇的な画面に、思わず感情を揺さぶられずにはいられない。展示室の中央に立つと、背後からも光を浴びているような気分になってくる。360度展開する、めくるめくピンクの世界に身を委ねたい。
絵に動かされて、絵を描く
1990年代後半、松本はおよそ30年ぶりに油彩画を描き始めた。アクリル画から油彩画への移行は、床置きのキャンバスに描く制作スタイルが身体的に厳しくなったことが大きいが、色調やテクスチャーに対する勤勉さは変わらなかった。2005年の神奈川県立近代美術館 鎌倉で開催された二人展で緑の油彩画の連作を発表し、手応えを得た松本は、本格的に緑を主調とする油彩画に取り組み始める。自然を想起させる色という理由で、抽象画で扱うことをずっと避けていたが、イメージに依存しない自律した緑を求めて制作に励んだ。


少し照明を落とし気味に調整された展示室で展開する章「緑をめぐる思考 2005-2019」では、青みを帯びた緑や暗い緑、鮮やかな緑…個性豊かな色彩で構成された作品ひとつひとつが空間の中で異彩を放つ。緑を主調としていながらもピンク、オレンジ、白、青、様々な色が入り混じり、アクリル画には見られなかったパステルの描線も加えられている。

緑の作品を紹介する展示室の隣では、「気韻生動 2003-2010」と題した章で、2000年代に描かれた白や黒の絵画をダイジェスト的に紹介している。《宇宙エーテル体Ⅰ》は通常1日で乾き切るアクリル画が冷夏で乾燥せず、2日目も描画を試みた変則的な作品だ。白に濃淡のグレーが踊るように散らばり、水墨画のような印象をもたらしている。また、油彩画を再開した頃の《境界線の黒》という作品は、黒を主題としながらも、黒の絵具は使っていない。ブルーとアンバーと木炭、色を溶き混ぜてつくった独自の黒に画家の思いが込められている。

2012年から現在までの作品を紹介する「青き明星 2012-2026」では、本展のタイトルと同じ《宵の明星を見た日》をはじめとする2023年以降に発表された青の作品の他、緑の絵画と並行して描き始めた白を基調とした作品が展示されている。《空中庭園》では、主色を支えていた白が前面に出て、下には緑や青、そしてピンクの存在がある。油彩ならではの絵具の層と、白という色の特性を巧みに扱い、詩的な光景を生み出している。


本展で初公開となる《植物に視つめられる私》は今年完成したばかりの最新作だ。緑の作品に長い年月を費やした後の青は、深いコバルトブルー。そのタイトルにある「視つめられる」という言葉は、画面の右上に細やかな線で描かれる想像上の植物に主体性を与え、絵に対峙する者と、見る/見られるの関係で対等になる。外界と内面の世界が渾然一体となったかのような、奥行きある青をじっくり味わいたい。
アクリル画の場合も油彩画の場合も、松本は描くときはいつも無の状態でキャンバスに向かってきた。絵を描き始めれば描きたいものが溢れ出てくるが、それも自らの意思というよりも、「キャンバスの方から声が聞こえてくる感じがする」のだという。しかし、描くことは同時に色への探究でもあり、その経験の蓄積が新たな絵画の展開につながっていったのだろう。「透明な色彩で広がりのある空間を描く」松本の試みは、これからも続いていく。無限の可能性を秘めたその作品に出会いに、美術館を訪れてみてほしい。
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- 府中市美術館|FUCHU ART MUSEUM
183-0001 東京都府中市浅間町1丁目3番地(都立府中の森公園内)
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
会期中休館日:月曜日