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FEATURE

こども食堂はじめました。パブ店主の新しい冒険
ケン・ローチ監督の贈り物『オールド・オーク』

英国を代表する社会派監督が最新作で語るメッセージ「共に食べて団結を」に込めた想いとは

映画レポート・映画評

英国の田舎にあるパブを舞台にした映画『オールド・オーク』
英国の田舎にあるパブを舞台にした映画『オールド・オーク』

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文 長野辰次

アートハウス系の映画が好きな人なら、ケン・ローチ監督の名前はご存じだろう。『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)で二度目となるカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)を受賞し、続く『家族を想うとき』(2019年)も大きな話題となった。真面目に働けば働くほど幸せから遠のいてしまうーそんな理不尽な社会に翻弄される市井の人々を描き続けている、英国きっての社会派監督だ。是枝裕和監督ら多くのフィルムメーカーたちからもリスペクトされている。

今年で90歳となるケン・ローチ監督の最新作であり、本人が「最後の作品」と語っているのが、4月24日(金)より劇場公開される『オールド・オーク』。行政の福祉政策からこぼれ落ちた人たちの尊厳を描いた『わたしは、ダニエル・ブレイク』、エッセンシャルワーカーの苦悩に焦点を当てた『家族を想うとき』に続く、「イギリス北東部」三部作となっている。

英国の労働者たちにとっての憩いの場であるパブを舞台に、パブ店主と内戦状態のシリアから逃れてきた難民女性との交流を通し、国際化時代のコミュニティのあり方を考えさせる作品だ。

町で唯一のパブ「オールド・オーク」だが、看板の修理費もままならない
町で唯一のパブ「オールド・オーク」だが、看板の修理費もままならない

難民問題で分断される田舎町のパブ

物語の舞台となるのは、2016年の英国北東部にある小さな町。かつては炭鉱業で栄えたものの、炭鉱が閉山してからは寂れる一方だった。そんな町に、シリア難民たち一行を乗せた大型バスが到着する。当時の英国はまだEUに加盟しており、中東からの難民を受け入れていた。

シリア難民がアサド政権下や国外脱出の際に大変な目に遭ったことは知っていても、この町にはろくな仕事がないため、生活に余裕のない町の人たちは歓迎ムードにはなれない。町で唯一のパブを経営するTJ(デイヴ・ターナー)はボランティアで難民の世話をしていたが、TJのパブに集まる常連客は「ムスリムは帰れ」「テロ犯が紛れていたらどうする」などと酔いに任せて、ヘイト発言を連発する。常連客でかろうじて店の経営が成り立っているため、TJは彼らをたしなめることができずにいた。

かつてTJのおじはカメラマンとして、炭鉱で働く人たちの生き生きとした姿を撮ってきた。パブの奥の部屋にはそうした写真が飾られており、ちょっとした写真資料館となっている。だが、客が減ってしまった今では、奥の部屋はずっと閉め切ったままの状態だった。

内戦状態が続くシリアから逃れてきたヤラ(左端)とその家族
内戦状態が続くシリアから逃れてきたヤラ(左端)とその家族

希望と力を映し出す不思議なカメラ

シリアから来た女性のひとり、ヤラ(エブラ・マリ)がカメラ好きなことから、TJは彼女と言葉を交わすようになる。ヤラが撮る町の写真には、路上で遊ぶ子ども、美容院でオシャレに精を出す主婦たち、パブで笑顔を見せるオジサン……。そんな町の日常のひとコマひとコマが鮮明に映し出されていた。ヤラが撮った写真の輝きに触れ、TJたちは考え方を改める。

「レンズを通して見るとき、希望や力を選び取っている」

ヤラにカメラを渡した彼女の父親の言葉だ。彼女の父親は今、シリアの秘密警察に拘束されている。TJたちは鉱山が閉じてからの町の状況をどん底のように感じていたが、毎日のように知人や友達が命を落としているシリアから来たヤラたちから見れば、戦争がないだけでもこの町は希望に満ちた場所なのだ。

孤独な生活を送っていたTJだが、ヤラや彼女の家族との交流を重ね、閉め切っていたパブの奥の部屋を開放し、誰でも無料で食事が楽しめる食事会を定期的に開くことを決意する。ボランティア活動に詳しい町の女性・ローラ(クレア・ロッジャーソン)らがこれをサポートする。英国版「こども食堂」の始まりだ。

親にかまってもらえない地元の少年少女や家に閉じ籠っていた高齢者たちも集まり、TJの店は地元の人たちとシリア難民との交流の場となる。寂れる一方だった町に、久しぶりに活気が戻った1日だった。

パブの常連客たちは、難民が来たことで自分らの居場所を奪われたように感じてしまう
パブの常連客たちは、難民が来たことで自分らの居場所を奪われたように感じてしまう

人間の善意を信じるケン・ローチ監督

時に辛らつに、時にユーモアたっぷりな社会派作品を撮り続けてきたケン・ローチ監督。今回は「カメラ」が重要なモチーフとなっている。カメラは単に被写体を写すだけではなく、そこには撮影者の想いが重なっている。好意を寄せる相手を撮った写真には、証明写真にはない美しさがある。おそらくケン・ローチ監督自身も、ヤラと同じ想いで映画を撮っているに違いない。

2016年はシリア難民が英国に来た年であり、また英国がEUから離脱するかどうかの国民投票が行われた年でもある。結局のところ、移民や難民の受け入れに抵抗を感じる英国民が多く、英国はEUから離脱することになった。ケン・ローチ監督はそんなシビアな現実を見つめつつも、人間の善意を信じ、映画を撮ることを諦めずにいるのではないだろうか。

撮影のことを英語で「shoot」と言うが、ケン・ローチ監督は社会的弱者を切り捨てようとする行政を映画で強くshootする一方、彼が回すカメラは観客と物語の世界をstick together/結びつける役割も果たしているように思う。

「共に食べて 団結しよう」(When you eat together, you stick together)

TJの亡くなった母親が口癖のように言っていた台詞だ。炭鉱で働いていた労働者たちは共に食べ、共に汗を流し、そして炭鉱会社や政府に対して共に闘ってきた。自分より立場の弱い人を見つけては叩き、憂さを晴らすのではなく、人とつながることで試練を乗り越えていこう。そんな想いがこの作品には込められている。

パブで始めた食事会は、シリア難民と地元の人たちとの交流の場に
パブで始めた食事会は、シリア難民と地元の人たちとの交流の場に

映画には現実を変える力がある

本作の主人公となっているTJは、妻に去られ、実の息子にも愛想を尽かされて疎遠になってしまい、家族と呼べるのは愛犬のマラ(古い炭鉱員の言葉で『仲間』という意味)しかいない。

ケン・ローチ監督は、たびたび崩壊した家族を描いてきたが、監督自身がつらい体験を味わっている。2000年に出版された『ケン・ローチ 映画作家が自身を語る』(フィルムアート社)を読むと、映画監督としての初期作『ケス』(1969年)は高い評価を受けたものの、その直後に大きな自動車事故に巻き込まれたことが述べられている。監督と夫人が重傷を負っただけでなく、5歳になる次男と夫人の母親をこの事故で失ってしまった。

政治色が強いことから出資が集まらず、映画がなかなか撮れない時期も続いた。ケン・ローチ監督は炭鉱町で生まれ、労働者階級出身なだけでなく、家族崩壊の危機もリアルに体験していたことが分かる。

現実の世界のことを考えると、どうしようもない絶望感に囚われそうになるが、ケン・ローチ監督が撮る映画はこう教えてくれる。

あなたは決して、ひとりではない。

『オールド・オーク』を観るとき、あなたは劇中のヤラやTJたちとつながっているのだ。もちろん、カメラの横にはケン・ローチ監督もいる。『ダニエル・ブレイク』がきっかけで、食料を無償で配布する「フードバンク」が広く知られることになった。『家族を想うとき』の公開以降、宅配業者の業務内容が見直されるようになった。映画には現実を変える力がある。

ケン・ローチ監督の作品に、ぜひ一度触れてみてほしい。

60年近く映画を撮り続けてきたケン・ローチ監督
60年近く映画を撮り続けてきたケン・ローチ監督
映画『オールド・オーク』
監督 ケン・ローチ 脚本 ポール・ラヴァティ  出演 デイヴ・ターナー、エブラ・マリ、クレア・ロッジャーソン、トレヴァー・フォックス 配給 ファインフィルムズ
© Sixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023
https://oldoak-movie.com/
4月24日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラスト渋谷、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
※ケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』や『家族を想うとき』は、U-NEXTや Amazon primeビデオなどでも配信中
※ケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』や『家族を想うとき』は、U-NEXTや Amazon primeビデオなどでも配信中

長野辰次

福岡県出身のフリーライター。「キネマ旬報」「映画秘宝」に寄稿するなど、映画やアニメーション関連の取材や執筆が多い。テレビや映画の裏方スタッフ141人を取材した『バックステージヒーローズ』、ネットメディアに連載された映画評を抜粋した電子書籍『パンドラ映画館 コドクによく効く薬』などの著書がある。

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