この展覧会についてABOUT THIS EXHIBITION
第二次世界大戦後、「民主主義への転換」と「表現の自由の獲得」を理念に掲げる美術団体の設⽴が相次ぐなか、戦時下に作戦記録画を描いたことが理由で「戦争協⼒者」と見なされ、画壇での居場所を失いつつあった藤田嗣治(1886-1968)は、自由な創作を求めて⽇本を去ることを決意します。1949年3月、⽇本を後にした藤⽥が最初に向かったのは、パリではなくニューヨークでした。彼の念願であった⽇本からパリへの直接渡航は叶わず、まずは渡⽶したうえで、最終的にパリに戻るルートをとったといわれています。いずれにせよ藤⽥が⽇本を去ることを決断してから、すでに約3年の月日が流れていました。
⽇本を⾶び出した藤⽥が求めたのは、「萬世不滅の傑作」を後世に残すことでした。ニューヨークでは、⽇本とは異なる解放感や豊富な画材に囲まれ、新たなモチーフや技法に挑戦しながら、制作活動に没頭していきます。ニューヨークでの約半年間の成果を発表した、マシアス・コモール画廊(Mathias Komor Gallery)での個展(1949年11⽉10⽇〜26⽇)は、予想以上の成功を収め、画家「Foujita」の才能を改めてニューヨークの美術界に示しました。この個展は、欧米のアートシーンにおいて自身の存在感を依然として示せたこと、また最終⽬的地であるパリへの渡航を確かなものにしたという点で、画家にとって極めて重要な意味をもったといえるでしょう。このニューヨーク滞在は、彼のその後の創作に明らかに影響を及ぼすことになりました。
軽井沢安東美術館は、この1949年に制作された傑作《猫の教室》をはじめ、ニューヨークの個展に出品されたと考えられるいくつかの重要な作品を所蔵しています。本展では、⽣誕140周年企画「ニューヨークの藤⽥嗣治」と題し、藤田作品を多数収蔵するポーラ美術館や目黒区美術館の協力を得て、ニューヨークで制作された作品を中⼼に、戦後の東京からニューヨーク、そしてパリへ再び戻るまでの藤⽥に活動を紹介します。1949年の個展のみならず、ニューヨークへ旅⽴つ前の作品や再びパリに渡った後の作品にも⽬を向けながら、藤⽥の画⾵の連続性や変化を探ります。
開催概要EVENT DETAILS
| 会期 | 2026年7月11日(土)~2027年1月11日(月・祝) |
|---|---|
| 会場 |
軽井沢安東美術館
|
| 住所 | 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢東43番地10 |
| 時間 |
10:00~17:00
(最終入場時間 16:30)
|
| 休館日 | 2026年7月6日~7月10日、12月31日、2027年1月1日、2月24日~3月10日 |
| 観覧料 | 一般 2,600円(電子チケット200円引き) 高校生以下 1,300円(電子チケット100円引き) 前売りチケット(電子チケットのみで販売) 一般 2,300円 高校生以下 1,100円 |
| URL | https://www.musee-ando.com/ |
軽井沢安東美術館の情報はこちらMUSEUM INFORMATION
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出展作品・関連画像IMAGES
(中央左)藤田嗣治《猫の教室》1949年 油彩・キャンバス 軽井沢安東美術館蔵
(中央右)藤田嗣治《ラ・フォンテーヌ頌》1949年 油彩・キャンバス ポーラ美術館蔵ほか
藤田嗣治《ラ・フォンテーヌ頌》 1949年 油彩・キャンバス ポーラ美術館蔵
藤田嗣治《書簡(フランク・シャーマン宛)1949年5月21日》(部分) 1949年 インク、水彩・紙 目黒区美術館蔵
© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2026 G4246