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現代美術作家・杉本博司監修 春日信仰の展示空間  春日若宮式年造替奉祝「杉本博司―春日神霊の御生 御蓋山そして江之浦」

杉本博司『光学硝子五輪塔』「日本海 礼文島」2012/1996 他12基 現代 光学ガラス 写真フィルム 小田原文化財団/鼉太鼓(復元)一対

※展示場内の写真と若宮前での杉本博司氏と花山院宮司の写真は主催者の許可を得て内覧会当日に撮影したものです。春日大社 国宝殿1階鼉太鼓ホールと若宮御廊・神楽殿での展示は撮影可

 

2022年最後の展覧会は、20年に一度の造替を終えた春日若宮式年造替を奉祝する特別展で締めくくることとなりました。これに先立ち奈良博で「式年造替記念特別展『春日大社 若宮国宝展-祈りの王朝文化-』」も観てきました。

春日大社 国宝殿開催の「杉本博司―春日神霊の御生」展は、春日大社所蔵で国宝に指定される本宮御料古神宝類や舞楽面などの重要文化財をはじめ、春日信仰・春日若宮信仰の名品、総数92件が前後期で展示されます。監修は、現代美術作家・杉本博司氏です。杉本氏が設立した公益財団法人小田原文化財団所蔵の品に加えて、新作3点も初公開されています。これまでもその多岐にわたる活動の場で人々の想像の先を創り出してこられた杉本氏、その審美眼で選び抜かれた品々を展示空間にどのようにキュレーションされているのかがとても楽しみでした。


春日大社中門・御廊

本題に入る前に、図録や参考資料より

「春日大社」は、平城遷都後に御蓋山山頂に祀られ、公式には神護景雲2年(768)称徳天皇の勅命により4棟のご本殿が建てられました。常陸国鹿島の武甕槌命 (たけみかづちのみこと)を第一殿に、下総国香取の経津主命(ふつぬしのみこと)を第二殿に、中臣氏・藤原氏の祖先神である河内国枚岡の天児屋根命(あめのこやねのみこと)とその后神である比売神(ひめかみ)を第三殿と第四殿の御祭神として祀り、平城京の守り神、藤原氏の氏神としました。

若宮神社の御祭神である若宮神の天押雲根命(あまおしくもねのみこと)は、第三殿の天児屋根命と第四殿の比売神の御子神とされています。「長保5年(1003)大宮第四殿の床板の裏にトコロテンのようなものが出来、小さな蛇が出てきて、第四殿内に入っていった。」と縁起にあるそうで面白いですね。蛇は龍に通じる水神の象徴であったことから、若宮は水神として出現されたことを示しているそうです。当初は大宮第二殿と第三殿の間に祠のような形で祀られていましたが、平安末期に洪水や飢饉、疫病の流行などが相次ぎ、長承4年(1135)に現在の地に社殿が造営、若宮神が遷座、翌年には春日若宮おん祭が創始されました。

 

大宮の御本殿は南向きを正面とする天子南面の中国的思想に基づいて南向きに建てられていますが、若宮の御本殿は西向きに、つまり奈良の町から見れば東の御蓋山の麓に建てられています。春日曼荼羅にもそのように描かれていることにもご注目ください。

若宮の造替は、かつては大宮と同様に20年に一度行われていましたが、明治期以降は春日大社の摂社となり20年に一度と定めずに造替が行われていました。しかし本年10月の春日若宮43次式年造替より20年に一度に戻すことになりました。


本展は6章構成となっています。

第1章      杉本博司 神々の風景

第2章      春日神霊の御生

第3章      春日若宮の御生

第4章      伝えられる神霊の物語

第5章      御神宝と御調度

第6章      神遊びの仮面

本展のタイトルにもある「御生(みあれ)」とは、「御出現」ということです。

図録にある花山院宮司の説明を引用すれば「若宮様はこの地に御生され、御造替の二十年に一度、神様がお生まれになった時点に戻ってもう一度力を発揮されるということ・・・勧請のように、その場の力を得て信仰する人々に対して新しい姿で生まれられるというような意味にもなるでしょう。」とあります。


杉本博司『甘橘山春日社遠望図屏風』2022 現代 個人蔵

現代美術作家・杉本博司監修による本展開催のきっかけは、江之浦測候所への春日御神霊の勧請。写真家で世に広く知られるようになった杉本氏ですが、古美術商の経歴もお持ちで、古美術の蒐集家でもあります。コレクションの半分以上は神道系のもの、それも圧倒的に春日系のものが多いそうです。杉本さん、江之浦測候所で海を眺めながら、「常陸国鹿島から武甕槌命が、奈良盆地の東の端にある御蓋山に白鹿に乗って降り立つ際に、中間点としてこの辺りをお通りになったかもしれない」という思いが強くなり、「春日社をお遷ししなくては・・・」と氏が敬愛する明恵上人のように、これは「夢告」だと。花山院宮司は、最初その話を聞かれた時は「いったいどこの春日の話」と思われたそうで、それほどありえない話だったわけです。軽々に春日社の御祭神の勧請は出来ることではなく、花山院宮司は直接杉本氏と話すうちに、杉本さんの並々ならぬ春日社への思いを知り、遷座が叶ったようです。江之浦測候所に「甘橘山 春日社」というお社を建て、日々お祀りされているそうです。若宮の神楽殿に展示されている『甘橘山春日社遠望図屏風』の解説で杉本氏は、出来上がった御社は空虚の箱でしかなかったが、令和4年3月27日に遷座を終えると「一度その空間に御霊が導かれてみると、何かが明らかに変わった・・・社の内側に何かが満たされていて、その気配は否応もなくこの社の佇む森にも沁みでているのだ。そしてその気配は目の前の海にも流れ出し、遠く鹿島の海にも春日の山々にも連なっていくように思えるのだ。」(図録より引用)八曲一双の大きな屏風です。お隣の若宮御廊には隠岐に遠島となった後鳥羽上皇の和歌に思いを寄せながら杉本氏が撮影された『日本海 隠岐』が展示されています。これらの作品が展示されている若宮神楽殿と御廊が描かれているのが『春日本 春日権現験記 巻十三』で内覧会の時は展示されていました。

(参照:出品目録No.47)※出品目録⇒コチラから

『春日大宮暁図屏風』と本展のメインヴィジュアルとなっている『春日大社藤棚図屏風』は、和紙にプリントされた新作で初公開作品です。※この新作の2作品も偶然が重なって撮影されました。


展示場風景

内覧会では、1階の鼉太鼓前でオープニングの挨拶の後、2階の展示室へ移動して杉本氏と花山院宮司による展示作品の前での解説が始まりました。展示品はじっくり拝見したいし、写真にも納めたいが、お二人のお話に強く惹き寄せられてしまいます。春日信仰を理解する上でもお二人のお話はとても興味深いものでした。明治の「神仏分離令」の影響か?私なども神道と仏教は区別してとらえがちなのですが、「神仏習合」の中で仏教は日本の中に広がっていった。(目から鱗・・・)神様は目に見えない存在、「気配」のようなものであり、見えないことが大事であったけれど、目に見える方が分かり易い。仏教の伝来と共に仏像がもたらされます。図録解説によれば「神は本源的な存在である仏・菩薩が衆生を救済するため、仮にこの世に表れた姿とする本地垂迹説が定着すると神霊の表現も多彩になった。」神様は仏様、神の姿と二重写しになることで、仏教もそれにのっかって栄え、広まっていったようです。春日大社は、お隣の藤原氏の氏寺、興福寺との関係が深まり、神前仏事を通じて神仏習合の信仰も深まっていきました。春日曼荼羅や宮曼荼羅、懸仏などには、それぞれの本地仏として、第一殿は、不空羂索観音、12世紀末からは釈迦如来の説が広まる、第二殿は薬師如来、第三殿は地蔵菩薩、第四殿は十一面観音そして若宮は文殊菩薩が表現されています。つまりその仏様をみれば春日のどの神様なのかが分かるということにもなります。神霊と信仰者との関係により本地仏にも諸説が生まれ、神仏習合は多彩な発展を遂げました。

お二人のお話伺った上で図録の解説を読んで、宮曼荼羅の上方の円相に描かれる仏様の姿が少し分かるようになった気がしました。

展示作品の中に珍しい若宮だけを描いた小田原文化財団所蔵の『春日若宮曼荼羅』があります。(出品目録No.39)講演会などで花山院宮司のお話を伺ってご存じの方、お名前からお気づきの方も多いと思いますが、花山院宮司は正統な藤原氏の末裔です。この曼荼羅の参道の大鳥居前で若宮の本地仏である文殊菩薩から巻物を受け取る法服姿の高僧は、その法服から興福寺の信円と推測され、花山院宮司の御先祖の御親戚筋とのことで熱く語られていました。


「 重要文化財 木造舞楽面 地久 平安時代 春日大社蔵」の展覧会看板

お能や狂言ときには田中泯の舞踏など舞台芸術の演出なども手掛ける杉本氏セレクトのお面たち。その表情をどう読めばよいのか?「海景」シリーズを世に出した杉本氏にとって春日若宮は「水の神」としても関係が深いが、「芸能の神」としても信仰されています。折しも本宮で「芸能の神さんのお守りが欲しい」と巫女さんにお尋ねになっている方と出くわしました。一之鳥居くぐってすぐ右手にあるのが「影向(よごう)の松」で、能舞台の鏡板の松の由来とされています。こちらもお通りになる際にはお見逃しなく。


細見美術館で杉本氏の展覧会を目にしたとき、西洋の絵画と日本の古美術の取合せ、不思議としっくりくるそのキュレーションにとても驚きました。そして本展で杉本氏は、嘗ては春日の地にあった古神宝類などが元の場所へ、あるべきところに戻って来た。「古美術展示」の完成形となったとも話されていました。展示品は美術品という前に、信仰の対象であったことを考えて展示されています。展示室両脇の展示ケースには、畳の上に杉本氏が所蔵する敷板を置いて、その上に古美術を展示しています。現在のマンション暮らしではなかなか難しくなった、床の間に掛けたお軸を拝見するような、少し仰ぎ見るようになっています。容易く春日詣でができない都の貴族たちが春日曼荼羅を作らせてそれを日々遥拝したように。また、美術品の良さを引き出す照明というものがあり、本展ではライティングも成功したとお話になっていました。このお軸の前にはこの神鹿像が、こちらのお軸の前にはあの仏舎利を、この古神宝は根来の上に、こちらは古木の上に・・・とまさに杉本博司の審美眼で選び抜かれた品々が絶妙な配置、構成となってゾワゾワゾクゾクする展示空間を創り出していました。杉本氏の作品、蒐集品、小田原文化財団所蔵であれば杉本氏の眼にかなったものであることから、その表装にもご注目下さい。

杉本氏、花山院宮司と共に若宮へ移動のおり、知り合いと目が合い思わず言葉がこぼれた「凄いね!」


若宮の前でのフォトセッション 現代美術作家・杉本博司氏と春日大社宮司・花山院弘匡氏

杉本氏は話されていました。古美術、美術品の蒐集において、美術品の方が行き先を選んでいると。杉本氏を選んで蒐集された古美術たちは、杉本博司にインスピレーションを吹き込み、新たな創造へ、未来へと繋がることを知っているかのようなお話でした。江之浦測候所への春日社勧請、杉本氏の言葉を借りれば「夢告」や春日信仰関係の古美術が不思議と杉本氏の元へ集まって来るのはある意味「託宣」なのか。そして花山院宮司は、杉本氏に春日大社国宝殿での本展の監修を依頼されたのは「春日大社の『御師(おし)』」のような存在だと感じられ、またそうなって頂きたいと願われているからのようです。

 


【開催概要】特別展 春日若宮式年造替奉祝

杉本博司―春日神霊の御生(みあれ) 御蓋山そして江之浦

  • 開催期間:前期:2022年12月23日(金)〜2023年1月29日(日)

後期:2023年1月31日(火)〜2023年3月13日(月)

  • 休 館 日:2023年1月30日(月) ※年末年始も開館!!!
  • 開催場所:春日大社 国宝殿 〒630-8212 奈良県奈良市春日野町160
  • TEL:0742-22-7788
  • 開館時間:10:00~17:00(16:30受付終了) ※ただし会期中、延長開館を行う場合があります。
  • 拝観料:一般1000円、大学生・高校生600円、中学生・小学生400円、団体一般800円
  • ホームページ:https://www.kasugataisha.or.jp/museum_exhibitions/11762/

プロフィール

morinousagisan
阪神間在住。京都奈良辺りまで平日に出かけています。美術はまるで素人ですが、美術館へ出かけるのが大好きです。出かけた展覧会を出来るだけレポートしたいと思っております。
かつて関西のアートサイトに読者レポートとしてアートブログを掲載して頂いていたご縁で、展覧会担当の広報会社さんから私個人に内覧会や記者発表のご案内を頂戴し、「アートアジェンダアートブログへ投稿」という形を広報会社さんに了解頂いて、アートブログを投稿しています。アートブログは全くの素人の個人としての活動です。
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